Googleの音楽サービス「Google Music」の限定ベータに初めて触れた時には、準備段階ながらクラウド型の音楽ロッカーとしての完成度の高さに驚かされた。Appleからデジタル音楽市場を奪う土台になり得ると思った。そしてAppleがクラウドサービスiTunes Matchを開始するタイミングで、GoogleがMusicの正式サービスを開始すると聞いて、同社が何かを仕掛けてくるのではないかと期待した。しかし、それがGoogle+との連携と音楽ストアのオープンと分かって、正直なところがっかりである。それでは、Appleのプラットフォームの焼き直しでしかない。攻め方次第では、難攻不落に見えるAppleの牙城を崩せるチャンスなのに、なんとももったいない……。

欧米の音楽市場は、2003年にAppleがiTunes Music Storeを開始して以来の変化の時期を迎えている。要因は「音楽の所有にこだわらない層の拡大」だ。

かつてSteve Jobs氏は「音楽ファンは音楽を所有することを望んでいる」と主張し、AppleはiTunesプラットフォームで音楽のダウンロード販売を貫いてきた。00年代後半に、MicrosoftがWindows DRMを用いて、月額15ドル程度のサブスクリプション契約中なら100万曲以上を自由にダウンロードして聴けるサービスをぶつけてきた。少ない出費でより多くの音楽を楽しもうと思えば、明らかにMicrosoftの音楽プラットフォームの方がお得である。ところが、音楽ファンはダウンロード販売を選んだ。Jobs氏の指摘が正しかったのだ。レコード・CD世代、特にレコード時代から音楽に触れてきた音楽ファンは好きなアーティストの作品を"揃える"ことに快感を覚える。そのあたりを、自身も音楽ファンであるJobs氏は理解していたのだと思う。

だが、ダウンロード配信しか知らない世代はJobs氏の言葉に共鳴しないだろう。ロックですら半世紀以上の歴史を積み重ね、iTunes Storeでは2000万曲以上が配信されている。今や音楽があふれ、かつ音楽以上に影響力のあるエンターテインメントがいくつも存在する。LPレコード世代がアルバム1枚を通して聞くことにこだわり、ジャケットまで愛でる感覚など到底理解しないはずだ。むしろ、膨大な音楽ライブラリに自由にアクセスできて、例えばゲームのBGMや着うた、リミックス、自作ビデオなどの素材として音楽を利用できれば面白いと考える。ソーシャルネットワーキング世代の音楽に対する関心は、所有するよりも、いかに音楽を知り、楽しむかに向いている。

そんな変化の時機を迎えてAppleも、音楽専用の再生機であるiPodを終焉に向かわせ、モバイルアプリを使えるiOSデバイスとクラウドに軸足を移そうとしている。iPod時代の資産はAppleの大きなアドバンテージである。だが、同社はクラウドとソーシャルを苦手としている。Googleを含め、これからの音楽市場を狙う企業は、そこにつけ込むべきなのだ。それなのに……だ。

Googleにとって、音楽ストアは音楽ソリューションを完成させる大事なピースだと思う。しかし、それはGoogleにとっての話だ。いくらGoogleのサービスとの連携に優れていようとも、ユーザーは新しい音楽ストアをそれほど必要としていない。だってiTunes StoreやAmazonなど、すでに様々なソースからDRMフリーの音楽を簡単に購入できるのだ。われわれユーザーがGoogleやAmazonなどに期待するのは、すでに実現している何かではなく、クラウド型の音楽プラットフォームで実現する新しい音楽体験である。

Android MarketにオープンしたGoogleの音楽ストア。Warner Musicとの契約にこぎ着けず、iTunes Storeよりも少ない配信曲数での船出になった。

一方AppleのiTunes Matchは「Appleのクラウドサービスにしては……」という感じで、予想を上回るものだった。ただ健闘してはいるものの、Appleの土俵は今でも"音楽を所有する人"であり、iTunes Matchもまた然りなのだ。これからパイを広げるであろう"音楽の所有にこだわらない人たち"向けのサービスにはなり得ていない。

Facebookとの提携で急成長するSpotify

11月30日にスウェーデン発の音楽サービスSpotifyが米ニューヨーク市で「What's next for Spotify」という報道関係者向けイベントを開催する。無料プランあり、聞き放題、充実したソーシャル機能などで頭角を現した同社は、"4大レーベル"を揃えて今年7月に米国進出を果たし、9月にはf8カンファレンスでFacebookとのパートナーシップを発表した。それから有料会員が20%超の急成長を果たし、23日に公式ブログで250万人に達したことを明らかにした。

Facebookとの統合で、新たな音楽プラットフォームとして存在感を示し始めたSpotify

30日のイベントについてAll Things DigitalはSpotifyがオンライン音楽ストアをオープンさせると予想し、VentureBeatも同意している。All Things Digitalはシリコンバレーでもっとも信用できるニュースソースであり、今さら疑っても仕方ないのだが、それでもスタートアップ気質を備えたSpotifyが音楽ストアを同社のNext (次の一手)とアピールするのに違和感を覚える。前述したように、欧米市場においてオンライン音楽ストアはすでに十分存在しているのだ。

だから、その影にワンモアシングが隠れていると期待したい。Spotifyプラットフォームの解放だ。かねてから同社はサードパーティのアプリケーション向けにAPIを公開すると約束しており、Facebookとの提携を実現した今、"次の一手"としてエコシステム作りに乗り出すのは自然な動きだと思う。ここに来て有料会員数を公表し、プラットフォーム力を暗にアピールし始めたのも、それを裏付けるような動きと言える。音楽アプリ、ソーシャルネットワーキングサービス、ゲーム等々……Spotifyの有料プランを契約していれば様々なアプリケーションやWebサイトで、デバイスを問わず、Spotifyが配信している音楽を様々な形で利用できる。そんな環境が実現すれば、iTunes Music Storeの登場以来の大きな変化になり得る。