AmazonがCloud Drive/ Cloud Player、Googleが「Google Music」(招待制ベータ)と、音楽コレクションをクラウドに置く音楽ロッカーサービスが次々に発表され、「次はAppleか……」と噂されている。ニュースサイトや噂サイト、様々なところで取り上げられているので「何だかスゴいサービスが登場しそう」と期待している方も多いかと思う。しかし、すでに正式提供されているサービス、つまりAmazonのCloud Drive/ Cloud Playerを使ってみて、音楽ロッカーが便利かというと、パソコン内の音楽ライブラリをわざわざCloud Driveに移したいと思えない。"クラウド型音楽サービス"という言葉はりっぱだが、このままでは看板倒れに終わりそうな気がする。

AmazonのCloud Driveは5GBまで無料で、それ以上のスペースが必要な場合は有料オンラインストレージをレンタルする。筆者のiTunesライブラリ内の音楽は160GB超なので、丸ごとCloud Driveに置くには200GB (年間200ドル)のサービスを契約する必要がある。200GBを突破したら、次は500GB (年間500ドル)である。「セコっ!」と思われるかもしれないが、この費用がひっかかる。

AmazonのCloud Drive内の音楽をWebで再生するCloud Player

筆者は1年ほど前まで、Lalaの音楽ロッカーサービスを使用していた。Appleに買収されて消滅したが、音楽の楽しみ方を変える非常に便利でユニークなサービスだった。Lalaの音楽用オンラインストレージは無料で、しかも無制限。何曲でもクラウドに置けるから、よく聞く曲だけを選ばず、ローカルの音楽ライブラリを丸ごと同期させていた。で、使っていると、「昔あんな曲、あったよね」というときに、すぐにWebで共有したり、携帯電話1つで再生できる。よく聞く曲はもちろん、ほとんど聞かなくなった曲にも、いつでもどこからでもアクセスできるところにクラウド型の魅力を感じていた。

Lalaの収入源は、デジタル音楽販売、中古CD交換の仲介サービス料、広告など。同サービスの音楽専門SNSを中心にメンバー同士が音楽のおすすめや音楽関連の情報を交換し、メンバーがより多くの音楽に触れるようになれば、音楽の売上げ (=Lalaの売上げ)増につながると考えていた。オンライン音楽ロッカーは、メンバーがより多くのデジタル音楽に触れるための土台になる。だから容量に制限を設けなかった。

ファイルという考え方は90年代の遺物

ユーザーが便利と思える音楽ロッカーは、2004年にGmailが登場したときのようなインパクトを備えたサービスであるべきだと思う。Gmailが登場するまで無料Webメールのインボックスは20MB程度で、電子メールはローカルストレージに保存しておくのが当たり前だった。それをGoogleは、電子メール用としては無制限と思えるような2000MBのオンラインスペースを用意して、電子メールのアーカイブをローカルからクラウドに移させた。それによってクロスプラットフォームやクロスデバイス、他のWebサービスとの連係など、電子メールの新たな可能性が開けた。音楽ロッカーも、ユーザーに音楽コレクションをクラウドに置いてもらうためには、クラウドという言葉にふさわしい制限を感じさせないサービスであるべきだと思う。

前回と前々回に取り上げたSteven Levy氏の「In the Plex」の中に、Googleにおいてクラウドサービスが議論される面白いエピソードが描かれている。

Googleは長い時間をかけてオンラインストレージ・サービスGDriveを提供する準備を進めてきた。ところが、完成間近になって担当するSundar Pichai氏が突然、「ファイルというのはいかにも90年代で、(Webコンピューティングにおいては)もはやファイルが必要だとは思えない」と、GDriveの提供に反対するのだ。例えば、Googleドキュメントを使って文書を作成・編集・共有すれば、ユーザーにとって文書は最初から最後まで情報である。パソコンにダウンロードしないかぎり、ユーザーがファイルを意識することはない。このクラウドサービスにおける「ノー・ファイルズ(no files)」という考え方は、Googleのエグゼクティブの間で議論になり、反対する意見も多かったというが、最終的にはGoogleの方針にフィットするとGDriveプロジェクトの打ち切りが決まる。

ノー・ファイルズには様々な捉え方がある。Webサービスにおけるストレージの容量無制限も、その1つだろう。例えばGoogleドキュメントにおいて、文書を置いておく無料スペースに制限があれば、常に「どの程度のスペースが残っているか」と、ファイルを数えるような計算が必要になる。そうしたユーザーの心配は、クラウドサービスへの移行を検討する上で障害になり得る。

同じGoogleのサービスでも、YouTubeがオンライン動画共有サービスとして多くのネットユーザーに活用されているのに対し、写真共有のPicasa Web Albumsは写真ソフトPicasaのおまけのような存在に甘んじている。それはYouTubeではユーザーがクラウドに投げ込むように何本でも動画を無料でアップロードできるのに対して、Picasa Web Albumsは無料ストレージが1GBまでという制限があるから……と考えても、的外れではないと思う。

Google I/O 2011でSundar Pichai氏は、Googleのクラウドサービスを利用するための端末Chrome OSノートを「どのようなコンピュータよりも大きなスペースを備えている」とアピール

さて、「制限のない音楽ロッカーを」と言うは易しだが、問題は収益モデルだ。電子メールは添付ファイルの大きさを制限すれば、あとはテキストかhtmlなので、04年当時でもGmailはオンライン広告との組み合わせで2GBの無料ストレージの提供が可能だった。音楽ファイルは1曲あたり数MBから、長い曲だと十数MBになる。

Amazonは音楽ロッカーを有料オンラインストレージと組み合わせて提供するという方法を選んだが、音楽機能が優先されているため、オンラインストレージとしては機能不足。純粋に音楽ロッカーとして使いたい人に無料ストレージ枠は小さく、有料ストレージのコストが負担に思えるという中途半端な結果になっている。まるでGmail登場前のWebメールサービスだ。

Googleは現在Musicのベータ版を無料提供しているが、正式版が有料になる可能性を示唆している。YouTubeのようなノー・ファイルなサービスにできるか、それともPicasa Web Albumsのようなサービスにとどまるか、そのあたりの判断材料集めを兼ねたベータサービスなのだろう。

現状、クラウドサービスの開拓という点でAppleはもっとも期待できない。工夫すればGoogleの無料サービスで代用できるMobileMeが今も年間99ドルなのだ……。ただ同社はLalaを買収しており、また優れた利用体験の実現へのこだわりが一入だ。「iPhoneを探す」の無料提供が好評であるように、iOSデバイスの今後の利用体験の改善にクラウドサービスへの取り組みは欠かせない。音楽ロッカーをその第1歩と捉えているならば、ユーザーに使いたいと思わせる意外な一手を打ってくるかもしれない。