米Amazon.comがオンラインストレージサービス「Amazon Cloud Drive」と共に、クラウドに音楽ライブラリを置く音楽ロッカーサービスの提供に乗り出した。この分野ではAppleとGoogleの参入争いが報じられていたものの、いきなり現れた伏兵Amazonに先手を取られた格好になった。

しかし、このAmazonのクラウド型音楽サービス、正直つかいにくい。シンプルと言えば聞こえはいいが、ムダがそぎ落とされているのではなく、これから必要な機能を足していかねば……という物足りなさ満点なのだ。なんで、もっと整えてからリリースしないのかと言いたくなる。だが、Amazonとしては、こうするしかなかったのだ。好意的に解釈すれば、このシンプルさにはクラウドに舵を切る同社の本気が刻み込まれている。だからこそ「よくぞ出してくれた!」という声も聞こえてくる。

ライセンス交渉を飛ばして音楽ロッカー提供開始

米国、欧州、オーストラリアなどで提供されているCloud Driveは5GBまで無料で、それを超えるスペースが必要な場合は1GBあたり年間1ドルのレートで有料ストレージをレンタルする。機能はファイルのアップロード/ダウンロード、ファイルの操作のみで、ファイルの同期や共有はサポートしていない。AmazonはCloud Driveを音楽や動画、写真をクラウドに置いておく場所として成長させたいのだろう。アップロードできる1ファイルのサイズが最大2GBと大きく、Amazon S3ベースとしては有料プランの価格が手頃だ。コラボレーションや同期を重んじ、機能豊富なSkyDriveやDropboxとは趣が異なる。

Cloud Drive内のアルバムを、Android版のCloud Playerでストリーミング再生

Cloud Driveの呼び物である音楽ロッカーは、同ドライブに収めた音楽(MP3、AAC)にWebアプリ版またはAndroidアプリ版のCloud Playerでアクセスして、ストリーミング再生する機能だ。

音楽ロッカー自体は新しいアイディアではない。過去にいくつもスタートアップが挑戦している。ただ著作権問題でグレイまたは真っ黒な部分が避けられず、レコード会社ともめた末に消えていくケースがほとんどだ。過去に最も成功した音楽ロッカーサービスは、アップルが買収したLalaだと個人的には思っている。iTunesやWindows Media Playerのライブラリをスキャンし、Lalaのクラウドライブラリに存在しない楽曲のみユーザーのパソコンからアップロードする。数千曲規模のライブラリであっても、十数分でローカルの音楽ライブラリをクラウドの音楽ロッカーに同期できた。Lalaはレコード会社から幅広くライセンスを獲得しており、音楽ロッカーからのストリーミング限定で1曲10セントという格安の音楽販売も行っていた。本当に便利なサービスで、Lalaが使えた当時は音楽をストリーミングで聴くスタイルに一気に傾いたものだ。

それが、なぜAppleのサービスに反映されていないのかというとライセンスである。音楽ロッカーの可能性に気づいたレコード会社が、Lalaのサービスを認めた当時ほど柔軟ではなくなっているのだ。代表的な例が、EMIによるMP3tunes訴訟だ。MP3tunesの音楽ロッカーサービスに対してEMIは、レコードやCD、デジタルダウンロード版と同じように、クラウド版も1つのフォーマットであると主張している。クラウドストレージの複製を、どの程度まで公正使用の範囲として認めるか……裁判が佳境を迎えており、その結果はデジタル音楽ロッカーサービスを提供しようとしている企業のライセンス交渉や提供できるサービスに大きく影響することになる。だから、出るぞ、出るぞと言われながら、AppleやGoogleのクラウド型のサービスがなかなか出てこないというのだ。

AmazonのCloud Driveについてはレコード会社とライセンス合意せずに提供開始したという見方が大勢である。グレイな部分を避け、クラウドストレージの複製が個人使用の範囲と見なされるように無難なサービスにまとめた結果が、いまのCloud Driveのシンプルさというわけだ。

MP3tunesのMichael Robertson氏 (過去にMP3.com、Lindows、SIPphoneで話題になったRobertson氏)はブログで「(Amazonに対して)レーベルがどのように反応するか、サイドラインでAppleとGoogleが注目している。もしレーベルが見逃せば、AppleとGoogleはライセンス合意なしに自身のサービスを提供する地ならしができたと見るだろう」と指摘している。

クラウドサービスはユーザーのデータを先に集めた者勝ちなところがある。例えば特定のウェブメールサービスを使い続けて、そこにメッセージが蓄積してしまうと、後からより便利なサービスが出てきても乗り換えにくいものだ。だからAmazonは、iTunesの牙城を崩すために、使い勝手がよくなくても音楽ロッカーの提供を急いだのだろう。ただ、それはAppleだけでなく、レコード会社も敵に回すことになる。

現在、米Amazon.comのメインページでは、左上のパネルでInstant Videos、Cloud Drive、Kindle、Appstore for Androidなど、クラウドに関わるサービスが優先されている。

クラウド型の音楽サービスは、従来の音楽の楽しみ方をより豊かにし、かつアーティストやレーベルに収益をもたらす新たなスタイルであるべきだ。AppleやGoogleとの交渉がまとまらず、一方でAmazonが便利とは言い難いサービスを見切り発車させる現状はまったく逆である。しかし真逆だからこそ、すべてが改善に向かってもおかしくはない。レコード会社の思惑と異なるAmazonのサービスが、レコード会社の譲歩を引き出し、革新的なサービスの実現を加速させる可能性は十分にあると思う。