先週の日曜日、米国はスーパーボウル・サンデーだった。全米が注目するアメリカンフットボールリーグNFLの王座決定戦だが、試合の行方以上に話題になるのが1秒あたりのコストが世界最高と言われるコマーシャル。うまくアピールできれば絶大な宣伝効果が期待できるから、バドワイザーやコカコーラなどの有名ブランドに混じって、大躍進を狙ったスタートアップなども勝負に出てくる。代表的な成功例が、AppleがMacintoshをデビューさせた「1984」だ。しかし、その逆もある。話題になれずに大金を失うどころか、失敗してスーパーボウルゆえにとんでもない痛手を被ってしまう。今年Grouponが、その災難に直面した。

GrouponのCM「Tibet」は話題性では60以上の作品の中でトップを争っている。ただし、"最悪の作品"としてだ。マーケティングに関するブログで知られるRohit Bhargava氏は放映直後に、「Grouponは300万ドルも支払って、自分たちを愛してくれたユーザーを失うという離れ業をやってのけた」とツィートしている。まずは、その作品を見ていただこう。

前半は画面にチベットの風景が映り、「チベットの山岳地帯、世界でもっとも美しい場所の1つ。ティモシー・ハットンです。チベットの人たちは困難に直面しています。彼らの文化は危険にさらされているのです」という穏やかなナレーション。(ここから後半) チベットの人のクローズアップからズームアウトすると、そこはレストランで、ティモシー・ハットンが席についている。(ナレーションのトーンが変わって)「でも、彼らは今でも素晴らしいフィッシュカレーを作り続けています。Groupon.comでの200人の共同購入で、ここシカゴのヒマラヤ料理レストランでは30ドルのチベット料理を15ドルでいただけます!」 - これにつづいて「save the money」という一文が画面に現れる。

直後から「これユーモアのつもりなの?」とか、「ジョークにしていいことと悪いことの区別もつかないのか!」「脱会する!」というような非難ツイートが大量発生。CMがブランドイメージに与えた影響をツイートの内容から計測/比較するBrand Bowlで、「Tibet」はセンチメント・スコアがマイナスになり、Grouponは最下位に沈んだ。

このCMはバイラル広告を得意とするCrispin Porter+Bogusky (CP+B)が制作した。万人受けするタイプではないクセの強い作品を作るため、失敗のリスクも高いが、Groupon創業者のAndrew Mason氏によると、CMのアイデアを聞いて「数百万ドルを投じたい」と思ったという。事前に放映後の視聴者からの批判を懸念していた様子はない。

CMを批判しているのはチベットを支援している人たちだけではない。中国側からは、スーパーボウルのような場でチベット問題を持ち出して中国を非難した同社の姿勢を問題視する声が上がっている。いずれの側にも不快感を与えるCMになっているのだ。

しかし少数だが、Grouponに批判的ではない人たちもいる。

Grouponは、Mason氏が「The Point」という寄付や署名を集めるフィランソロピーサービスから発展させた。だから、今でもGrouponのサービスや仕組みに寄付を組み合わせた試みを提供している。CMで扱ったチベット問題に関しては、チベットからの亡命者のコミュニティで若者に職業訓練を提供するTibet FundをサポートするGroupon(15ドルで30ドル分の寄付)を販売している。他にも、Greenpeaceに15ドルの寄付をしたら15ドル分のGrouponクレジットを得られるものもある。CMの最後に出てくる「save the money」は守銭奴の一言ではなく、浪費せず節約(セーブ)することで、お金をさまざまあな活動のリソースに回せるというのが本当の意味なのだ。こうしたGrouponの歴史やフィランソロピー活動を知っていれば、スーパーボウルCMも、それらに関係しているのではないかと思える。ただ、そこまで想像できる人は残念ながら、まだまだ少ない。

Mason氏によると、Grouponは過去2年間、純粋なテレビ向けの広告を避けてきたそうだ。そのためかもしれないが、30秒という短い時間に、save the moneyの活動、Grouponのサービスの特徴、CP+B特有のバイラル手法を具体的につめ込もうとしたのが、今回の失敗の原因ではないかと思う。

逆の例が、個人的に今回のスーパーボウルCMで一番面白かったVolkswagenの「The Force」と「Black Beetle」だ。前者はパサット(Passat)、後者はビートルのCMなのだが、パサットは最後の方にちょっとだけ登場し、車の内容にはほとんど触れられない。Black Beetleに至っては車が出てこない。The Forceはショートバージョンが放送されると、内容が話題になって、すぐに1分間のフルバージョンへのリンクがTwitter上を飛び交った。Black Beetleの放映後は、ビートルの2012年モデルの姿が話題になった。

30秒で伝えられる情報には限りがある。それよりも視聴者を豊富な情報に導いた方が効果的だし、より正確な情報を伝えられる。そのきっかけを提供するのが、ウエブ時代のCMの役割だと思う。ところが「Tibet」はウエブの世界でのGrouponにうまく結びつかず、孤立したCMは奇妙に攻撃的なユーモアだけを視聴者に伝えてしまった。ウエブ企業のGrouponと、過去にいくつものバイラル広告を成功させてきたCP+Bの組み合わせなら面白い誘導を実現してくれそうに思うのだが、今回の失敗は実に残念だ。