Zohoの創設者Sridhar Vembu氏が、O'ReillyのハッカーキャンプFoo Campで語った「大学に代わるもの (Alternatives to College)」が話題になっている。講演には2人しか来なかったそうだが、「これは広める価値がある」と考えたMake:発行人のDale Dougherty氏がVembu氏にインタビューし、YouTubeを通じて改めてAdventNet Universityを紹介したのだ。

「数年間、(Zohoの)新入社員を観察してきた結果、出身大学のランクや大学の成績と、仕事に就いてからのパフォーマンスにほとんど関係がないことに気づかされた」 - Vembu氏自身はプリンストン大学出身で、成績で人材を絞り込めると信じて疑わなかった。ところが、学歴は当てにならない。人材の見分け方がわからなくなった同氏は採用基準に悩んだ末、2005年に経済的な理由などで大学に進めなかった高卒者をZoho内で育てるプロジェクト「AdventNet University」をインド・オフィスで立ち上げた。コンピュータやプログラミングの知識がなく、またタミル語しか話せなくても(同オフィスのビジネス言語は英語)、やる気と才能の片鱗を見極めて採用した。

2年弱で素人がIT産業で通用する人材に

インドでは求人に「平均点の80%以上」というような大学の成績を基にした足切りが明記されているそうだ。クラウド型のビジネスアプリケーションを提供するZohoは同分野においてGoogleのライバルと見られているが、求人には苦労してきた。成績優秀者はGoogleやMicrosoftなどのビッグネームを選ぶため、書類上で「これは!」と思った学生をなかなか獲得できない。結果、ビッグネームから足切りされた学生も雇ってきた。ところが、本来ならZohoでも足切りしていたであろうグループの中に優れた人材が埋もれていることがあり、逆に苦労して獲得した成績優秀な学生が結果を出してくれなかったりする。そうした経緯からAdventNet Universityが生まれた。最初はチェンナイで6人のティーンエイジャーを採用した。

ユニバーシティと呼ばれているものの、仕事の現場で学ぶ実践的なプログラムだ。採用者が教えてもらえるのは最低限の知識だけで、そこに独学を加えながら実際の職場での課題を解決していく。コンピュータの扱いに慣れることから始まり、次にHTML、PHPというように基礎を習得する。オフィス内でタミル語が禁止されてはいないが、役立つ資料や仕事に必要なドキュメントなどは全て英語である。最初は英語を学びながら数学やプログラミングを習得していく二重の苦労になる。だが半年ぐらいで英語のカベを越えられると、そこから急成長するという。学習を中心とした期間が9 - 12カ月。その後1年間の見習い期間になる。最初の6人は、2年内に全員が大卒採用者と見分けがつかないほどに成長した。2年目には20人を採用。これまでに約100人のフルタイム社員が同プログラムから誕生し、昨年はサンノゼから2人の参加者を招待した。

意欲的に働く社員を得られる同プログラムは、今やZohoが競争力を維持する武器になっているという。Make:のDougherty氏がAdventNet Universityを評価しているのは学習期間1年に見習い期間の"短期間プログラム"が、4年制大学に匹敵するソフトウェアエンジニアを生み出す場になっている点だ。「高い失業率、高校および大学の高いドロップアウト率の問題に直面している米国は、Zohoの成果から数多くのことを学べる」としている。

見る目を持つ、聞く耳を持つ

この講演を通じて筆者は、ビジネス言語が英語であるZohoのインド・オフィスで、英語によるコミュケーションがどのように交わされているかを知りたくなった。

楽天やユニクロが英語を公用語にするというのがシリコンバレーの日本人の間でも話題になることが多い。英語に慣れたシリコンバレー在住者には有利になる話である。そのはずなのに表情が曇る人が多い。英語ネイティブではない日本人は誰しも、つたない英語表現で実力が評価されなかったというような経験を持つ。英語を活かす難しさを身を以て知っている。

グローバルを相手にするのなら、英語でのコミュニケーションは不可欠である。ただ英語のうまさが仕事の能力を判断する大きな要因になるとやっかいだ。たとえば会議の場で、会社にとってそれほど有益ではない意見が、ネイティブが滑らかな英語で主張するだけで素晴らしい意見に変わってしまうとしたら好ましくない。そうならないために全員が英語によるコミュニケーションスキルを高めるべきという言う声もあるだろうが、ネイティブとの差は容易に埋められるものではない。

グローバル企業に英語は必須だが、英語を重んじすぎると能力評価を誤りかねない。このバランスが難しいところで、解決策は「聞く耳を持つ」ことではないかと思う。同じ米国人でも、こちらの英語が驚くほど通じる人がいれば、逆にまったく理解しない人もいる。これは相手が聞く耳を持っているかの違いだ。こちらの変な発音や文法の間違いを、頭の中であれこれと補ってくれる人がいる一方で、すんなりと聞き取れない英語に端から耳を閉ざす人もいるのだ。どちらがコミュニケーションの達人であるのかは言うまでもない。

この違いは会社からも感じられる。英語表現がつたなくても、身振り手振りを含めてコミュニケーションとして受け止める雰囲気の会社があれば、はじめにキレイな英語ありきという会社もある。英語圏だけではなくグローバル規模で、どちらが伸びるかと言えば前者だろう。だから英語を磨く努力が必要ないと言いたいのではない。つたない表現の英語も認められる環境であってこそ、すべての社員が意欲的に英語を話し、結果的に英語を通じたコミュニケーションが企業の成長に活かされる。

楽天やユニクロに聞く耳を持つ雰囲気が根づいてほしいと思うが、これは簡単なようで難しい。ZohoのAdventNet Universityに関して毎回Vembu氏は「学歴を基準としなければ、何を拠り所に採用しているのか?」と聞かれるそうだ。「人を見る目を持つしかない」と同氏。答えはシンプルだが、見る目を養うのは非常に難しいと語っている。聞く耳も、また然りだ。