発売直後に短期間だけ試すつもりで始めたNike+iPodを、2年半が過ぎた今でも使い続けている。心拍数計ほど大事ではなく、すぐに止めても良かったんだけど、いつの間にか増えていた距離データがもったいなくてなんとなく続けていた。そのうち走行データの分析と目標の設定で始まったWebサービスに、グループでの競争やコース共有など数多くの機能が追加され、いろいろ試しているうちに、音楽を聞きながら走るだけの地味なジョギングにはもう後戻りできなくなってしまった……。

Nike+iPodは、音楽を聞くためのデバイスだったiPodにデータ収集という新しい役割を追加した。持って走るだけでデータが貯まり、iTunesと同期するだけで自動的にWebサービスにジョギング・データが転送される。iPodならではのシンプルなフローで、データ収集とWebサービスとの連携を実現しているところにiPodの新しい可能性を感じた。そこで「これは拡大する!!」と断言していたのだが、AppleはNike以外にパートナーシップを広げなかった。iPodをクローズドなデバイスとして維持することを重視したのだろう。

それから3年、その可能性が今度はiPhone OS 3.0に形を変えて開花するかもしれない。

iPhoneによる血糖管理システム

先週Apple本社で行われたAppleのiPhone OS 3.0プレビュー・イベントで個人的に最も興味を引かれたのは、Johnson & JohnsonのLifeScanが行った血糖値測定器と連動するiPhoneアプリのデモだった。同社はOneTouchという血糖管理システムを提供している。デモでは、プロトタイプ・デバイスで測定した数値を30ピン・コネクタ経由(Bluetoothでも可能)でiPhoneに転送し、iPhone上で血糖を管理するプロセスを説明した。糖尿病を患っている人たちは空腹時や食前・食後など1日に少なくとも6回は計測するため、数値を見るだけでは1日の変化でも把握しづらい。iPhoneではデータがグラフに変換され、1日、数日、数週間の動きを正確に確認できる。気になる点があれば、ワンタップで詳細データにアクセス可能。血糖値に照らし合わせて、その日に食べられる食事量をメニュー・ベースで組み立てる「ミール・ビルダー」、インスリン摂取用の計算機なども備える。数値に気がかりな点がある場合は、In App Mailによるメッセージ機能で、直接アプリから家族や担当医師などにメッセージを送信できる。

OneTouchで測定した数値をiPhoneに転送

血糖値や摂取できる炭水化物量から、メニューを組み立てるミール・ビルダー

データをグラフ表示。エクササイズのようなポイントも反映されている

アクセサリ用のアプリケーション・インタフェースを用いた例として示された血圧計

収集したデータをiPhoneを介して様々な形で活用する。まるでNike+iPodではないか。iPhone OS 3.0ではハードウエア・アクセサリ用のアプリケーション・インタフェースが提供されるため、OneTouchシステムのような周辺デバイスとiPhoneの連動が可能になる。イベントでは他にも同インタフェースを利用した例として、血圧計、周波数をiPhone上で変更できるFMトランスミッタ、iPhone上でイコライザを調節できるスピーカーなどが挙げられた。

iPhoneはユーザーがコンテンツを表示し、楽しむための機能に偏ったデバイスである。多機能フォンではあるものの、データの入力や収集が得意なデバイスではない。そんなiPhoneのアンバランスさを踏まえて、LifeScanのOneTouchのようなデータ収集に優れたデバイスと組み合わせれば、お互いのデメリットが解消され、相乗効果が生まれる。これは昨年のiPhoneアプリとはまた違う形でiPhoneの世界が広がる可能性を備える。

アクセサリ・サポート強化で広がるiPhoneの世界

iPhone OS 3.0は日本で発売されていない初代iPhoneもサポートする。GPSを備えていないため一部機能は利用できないが、発売から2年が経ってもソフトウエアのアップデートで機能が強化され、"できること"がどんどん広がっていくのはiPhoneの大きな魅力である。ソフトウエアによって成長していく様は、携帯電話よりもPCに近い。

iPhoneの日本上陸にあたっておサイフ機能やワンセグの不備が欠点とされたが、PC的なiPhoneではアクセサリとの連動によるハードウエア拡張の可能性が出てきた。ソフトバンクのTV&バッテリーによるワンセグ対応のような形になるので、スマートな利用スタイルとは言い難いが、ケータイでは実現できないであろう血糖管理のような比較的小規模なグループを対象としたソリューションがiPhoneでは可能になる。もちろん、これはiPhoneに限った話ではない。AndroidやWindows Mobile端末にも広がりつつある動きだ。

Webサービス側から見れば、iPhoneのアクセサリ・サポートの強化には、活用できるデータの幅が広がるというメリットがある。今日のWebサービスには写真やビデオを扱うものが多いが、それはデジタルカメラというユーザーにとって扱いやすいインプットデバイスがあるためだ。逆に言えば、インプット・デバイスに欠けるデータはネット上に少ない。

Nike+iPodが面白いのは、ジョギングというリアルライフの特殊なデータが自動的に記録されてWebサービスに送られ、その分析がパーソナル化されたユニークなサービスにつながるからだ。もちろんNike+iPodを使わなくてもジョギング・データは記録できるが、走るたびに距離を測定してマニュアル入力するのでは非実用的だ。ユーザーの負担にならないシンプルなプロセスに価値がある。デジカメで写真を撮る、デジタルレコーダーでオーディオを録音するぐらい簡単に、リアルライフをデジタル記録できる方法が今日のWebサービスの礎になっている。iPhoneのアクセサリ・サポート強化は、その幅を広げ、新しいタイプのWebサービスに結びつきそうな気がする。

昨年Appleの予想を上回るソフトウエア開発者がiPhoneプラットフォームになだれ込んだが、果たしてハードウエア開発者も、これをチャンスと見るだろうか?