EMI Groupが高音質なデジタル音楽をDRMフリーでダウンロード配信可能にすると発表した。まずはAppleのiTunes Storeが5月から256kbps AAC形式の音楽を販売する。価格は1曲 = 1.29ドルと、DRM版(128kbps AAC)の0.99ドルよりも若干高くなる。ただしアルバム価格は据え置きで、デジタル音楽配信の課題となりつつあるアルバム販売の増加に貢献しそうだ。気になるのは256kbpsとは言っても音楽ファイルは持ち運びしやすいサイズだけに、違法なやり取りを助長するのではないか……という点だが、ネットユーザーの反応を見ていると、その心配は不要な気がする。

今回のEMIの発表は価格設定のバランスの良さが際だっている。

Yahoo! Musicが試験的にジェシカ・シンプソンの楽曲をDRMフリーのMP3形式で販売した時はシングルが1.99ドルだった。それに比べるとEMIのDRMフリーは、プレミア音質でわずか0.30ドル増しと割高感がなく、アルバムで購入すれば得した気分になれる。消費者の購買欲を刺激する価格と言える。またEMIは過去数年の間にDRMフリーを検討する姿勢を見せていたというイメージがあり、2月にはスティーブ・ジョブズ氏の「Thoughts on Music」という布石もあった。コンシューマセントリックに徹したEMIの姿勢が伝わっているから、ユーザーの間で「EMIのDRMフリーと価格設定を他社にも広げたい」という雰囲気が生じている。

合法・無料のタブ譜サービスの苦戦

ユーザー本位のサービスでも、ユーザーの支援を受けられなければ苦戦は免れない。例えば3月27日にMusicnotesが発表した無料のオンライン・タブ譜サービスを取り巻く雰囲気は、EMIとは対照的だ。

タブ譜というのは、音符に対してギターの何フレットを押せば良いかが記された譜面だ。楽譜を読めなくてもタブを参考にすればギターを弾けるし、タブ譜で他のプレーヤーがどの位置で弾いているかを確認するのはプレーの参考になる。そのためThe Online Guitar Archive (OLGA)、MxTabs.netなど、ユーザーが採譜したタブやコードを無料公開するサイトがアマチュアギタリストの間で人気だった。だが、タブ譜の公開は著作権侵害にあたる。昨年から取り締まりが厳しくなり、多くのサイトが閉鎖に追い込まれたのだ。ルールとはいえ、アマチュアが独自に採譜したタブまでも取り締まられるのか……という不満が噴出。またタブ譜が出版されないマイナーなミュージシャンにとっては、タブ譜サイトが宣伝になるという指摘もあった。

それが一転、今回のMusicNotesの発表である。Harry Foxという約31,000の音楽出版社をクライアントに持つエージェンシーと合意に達したことで、MusicNotesが持つMxTabsが夏に復活する。広告を収入源とし、その一部は著作権保有者に支払われる。

ユーザーにとっては以前と同様に無料でタブ譜を参考にできるのだから、歓迎すべき合法サービスの登場である。だが、ユーザー側からの反応は弱い。ユーザーを突き放すような、一時の音楽出版社の態度が記憶に新しいからだ。音楽出版社は違法サイトを整理してから、自分たちの仕組みに当てはまるかたちでタブ譜を無料公開できるように準備したのだが、その過程でコンシューマーセントリックな戦略がうまく伝わらなかった。ユーザーが壁を感じているから、せっかくの一手もインパクトが薄れてしまっている。

The Plantの挑戦、ふたたび

DRMフリーというと、思い出すのは2000年に米人気作家のスティーブン・キングが行った「The Plant」のオンライン出版だ。執筆しながら、チャプターごとにDRMフリーで公開(販売)し、ダウンロード数に対して支払いが75%を超えている限り連載を続けるというシステムだった。各チャプター1~2ドル。技術的にはDRMフリーだが、支払いが75%を切った時点で連載打ち切りだから"結末"がDRM代わりである。

このプロジェクト、第1章は難なく75%を超えたが、第2章で70%になり、それでもキングは第4章まで様子を見ることを決断。だが、1章/2章よりも高い2ドルで販売された3章と4章に読者が音を上げ、支払い率は50%以下に落ち込んでしまった。結局、結末は出版されず、未完作品となっている。

キングは読者を信頼するオナーシステム(Honor System)を"失敗"と結論づけたが、ファンや読者の間からはアイディア自体は機能していたという声があった。支払いが落ち込んだ章は作品自体の訴求力が低く、ダウンロード数も落ち込んでいた。読者は次の章が出版されるか分からない不確かなものを買うのだから、内容に対して敏感である。だから、前章よりも、ある程度ダウンロード数が減少した場合は値引き、または無料公開するのがフェアだったように思える。ただ当時は読者の反応をリアルタイムに汲み取るような密なコミュニケーションやコミュニティの仕組みがなく、キング側からの一方通行の訴えが次第に空回りするようになった。その結果、読者が離れはじめて、読者との関係のバランスが崩れたのである。

以来、ネットの双方向性の向上を実感する度に、「今The Plantの連載が再開されたらどうなるのかな」と思ったりしていたのだが、スティーブン・キングのような挑戦者は現れなかった。EMIのDRMフリーはオナーシステムとは少々異なるが、消費者に対する信頼を土台としている点ではThe Plant以来の挑戦である。ユーザーとの関係のバランスはよい。このままDRMフリーなデジタル音楽提供の標準化という結論が見られるのではないか……と期待している。