あなたは「伝える達人」か?

話を始める前に、赤ちゃんが泣いているシーンを想像してみてほしい。

「おぎゃあ、おぎゃあ」

「あらあら、なぜ泣いているのかしら。 ミルクも飲んだし、オムツも替えたのに……(抱っこして)よちよち、どうしたの~?」

「グスン、グスン……」

「あらあら、抱っこしてほしかったのね」

赤ちゃんは泣くことでお母さんに必死に「伝える」。 お腹がすいた、お尻が気持ち悪い、抱っこしてほしい、etc... 最初は泣くことしか伝える手段がない。 それでも必死にお母さんに「伝える」。

私たちは生まれたときから、「伝える」ことをやってきた。さらに、成長とともに、言葉を覚え、文字を覚え、その表現力は飛躍的に向上してきた。 会話、手紙、電話、メールなど、さまざまな手段を駆使して、日常でも誰かに何かを伝えている。 30歳の人は伝える暦30年、まさに達人の域だ。

では、ビジネスシーンではどうだろうか。私はこれまで数百人のビジネスパーソンに、プレゼンテーション(話す技術)とドキュメンテーション(書く技術)を教えてきた。 そこで必ず全員にする質問がある。

「伝えることは得意ですか?」

結果は明白だ。実に8割以上の人が「苦手」と答える。つまり、多くのビジネスマンが伝える技術に頭を悩ませているのだ。なぜ、ビジネスでは「伝えること」が難しいのだろうか。

仕事だとなぜ伝わらない? - 「伝わる」ことの重要性

少し視点を変えて、「伝える」ということのゴールを考えてみよう。伝える側が伝えるべきことをすべて相手に話した。これでゴールだろうか? 相手は聞いていたのか? 意図した通りに正しく理解したか?

伝えるということは、伝える側が「発信」するだけでなく、相手がそれを受け取り、「伝わる」ことが重要なのだ。

お母さんは、赤ちゃんがなぜ泣いているのか、必死に考えてくれる。 家族や友人は、お互いを知り、共通の認識を持って話ができる。だがビジネスではそうはいかない。立場、価値観、文化が違い、同じ言葉でも違う意味で捉えることが多々ある。また、家族や友人のように精一杯耳を傾けてくれるとは限らない。

だからこそ、相手に「伝わる」技術が、ビジネスマンには必要なのだ。以下、3つのポイントに絞って紹介しよう。

森の道標

「○○ということです。 この効果は非常に大きく、XXシステムの運用コストを飛躍的に軽減できます」

「あ、そういうこと。 XXシステムのことを話していたんだね。 何の話かと思ったよ。 で、何だっけ?」

こういう場面をよくみかける。 あなたも身に覚えがあるだろう。 なぜこのようなことが起こるのか?

あなたは伝えたいことがすべて頭に入っている。 木の1本1本ではなく、森全体を知っているのだ。しかし、相手の頭は真っ白なキャンパスであなたの言葉だけが頼りである。そこで1本ずつ木を見せられたらどうなるだろうか。どこにどんな木があるかもわからないまま、どんどん木を見せられる。いったいどのくらいの木があるのか? これらの木はどこに向かっているのか? 相手の頭は混乱し、樹海に埋もれ、迷子になるだろう。

では、どうすればよいのか。木を1本ずつ見せる前に、相手の頭に森を描いてあげるのだ。そして、森に道を描き、木を見せながらも、常に森のどの位置にいるのかを示してあげればよい。そうすれば、相手は迷子になることなく、しっかり前に進むことができるだろう。

ポイント1: 冒頭で全体(主旨と構成)を示せ

注意喚起

あなたはプレゼンの場でこんな光景を目にしたことはないだろうか。

  • 違うページを見ている人がいる
  • 資料も見ずによそ見している人がいる
  • 寝ている人がいる

共通して言えるのは、「聞いていない」ということだ。これはどうしようもないことだろうか。もしかして、聞きづらい話し方、単調で退屈な話し方になっていなかっただろうか。相手が聞いていたかどうかという結果ではなく、話し手が「聴かせる」話し方を心がけることが重要である。

そのためにはどうすればよいのか。ここでは「口のスキル」と「体のスキル」に分けて紹介しよう。

口のスキルのひとつに、「間」と「抑揚」がある。一文一文に「短い間」があると、話が聞きやすく、森の木を1本ずつ確認しながら進むことができる。また、重要な部分で「長い間」があると、ポイントが伝わりやすく、印象に残る。多くの木の中で特別な一本を見つけることができるのだ。一方、「抑揚」は話に流れを作り、飽きさせず、思わず耳を傾けたくなる。

体のスキルでは、「身振り手振り」と「アイコンタクト」が有効だ。 身振り手振りを使うと、相手の注意を引き、話に集中させることができる。イメージも沸きやすい。身振り手振りはときには言葉以上に効果を発揮するのである。アイコンタクトも重要だ。目を見て話をすることで、相手の集中力は一気に増す。また、重要な部分で真剣な目でうったえることで、言葉に魂がこもり、想いが心に届くのだ。

ポイント2: 注意喚起のスキルで相手を引きつけろ

大は小を兼ねない?

残業に残業を重ね、我ながら超大作と言える提案書。プレゼンも大きなミスもなく、まずまずの説明ができた。ボリュームが多かったが、何とか時間内にも収めた。言いたいことはすべて言った……と、そこでお客様から一言

「ポイントはどこ? 他社との違いは?」

とにかく多くのことが詰まっている提案書を良く見かける。「あんなことも知ってるぞ」「こんな経験もあるぞ」「ついでにこういうことにも繋がるぞ」…… まるで、詰め放題300円のタイムセールだ。

人はよっぽど興味がない限り、たいして話を聞いていない。たとえ聞いても、どんどん忘れていくのである。情報が多ければ多いほど、頭に残らない。それなら、できる限り余計なものは排除し、本当に伝えるべきことだけに情報を絞り込むべきである。

「伝えなければならないことは何か」を一歩引いて考えてみると、ホチキスがとまらないくらいの資料にはならないはずだ。

ポイント3: 余計な情報は排除しろ

「伝える」技術で最も重要なことは、「相手志向」である。 相手は何を求めているか、相手はどう思うか、相手は……すべて相手を中心に考えてみよう。そうすれば、答えは自ずと見えてくる。

今回は、ビジネスの3つの基礎スキル「聴く、考える、伝える」のうち、「伝える」について紹介した。(詳しくは弊社のビジネスコアスキル研修についての説明をご参照いただきたい)。何かひとつでもあなたに「気づき」を与えることができたとしたら、それが何よりの喜びである。

執筆者紹介

安部慶喜 (ABE Yoshinobu)

アビームコンサルティング シニアマネージャー。立命館大学大学院理工学研究科修了後、アビームコンサルティング入社。グループ財経改革(SSC、CMS、BPRなど)、全社業務改革、ERPパッケージ導入等のコンサルティング経験多数。また、「プレゼンテーション」「ドキュメンテーション」をはじめとするビジネスコアスキル研修に多数登壇。