【コラム】
私、川上誠は昨年末(2011年)に32年間従属していた半導体業界を自己早期引退し、その直後より、ハーバード大学の所在地である米国マサチューセツ州Cambridgeに単身でやって来ている。
Cambridgeには約1年間滞在し、特別研究員(名称:2012 Harvard Fellow)としてハーバード大学院で講義やセミナーなどに参加しながら、研修、リサーチを重ね、第二の人生で成し遂げたい社会事業の構想を膨らますためだ。2012年11月末までにビジネスプランを策定する事が自分へ課したミッションである。更なる詳細は別の機会に譲る事にしたい。
これから私の過去32年間を振り返り、Intelを筆頭に外資系半導体メーカなど5社で得た貴重な実務、並びにマネジメント経験を基に、読者皆様の教訓になりそうな話題を抽出し、お届けしたいと思う。
先ずは、私が大学卒業後、米国への単身留学を決めた背景から始めさせてもらいたい。
1976年6月中旬のある日、私は期待と不安を胸に中華航空(China Air Line)羽田発Los Angeles行の乗客となり、生まれて初めて太平洋上空を飛び、アメリカ大陸へと向かった。
最終目的地である、カリフォルニア州オークランド(Orland)に関し地理的な知識が乏しく、当時航空料金が格安な日米間のルート、羽田発ロス行きを選択してしまった。結果的には、Los Angelesのダウンタウンから長距離バス((Greyhound Bus))に乗り換え最終目的地まで20時間以上を要し、辿り着いた苦い記憶が蘇って来る。身を以て、カリフォルニア州の広大さを体感する事となったのだ。
なぜ、そのような当時、米国への単身留学を決めたのか。大学2年の夏、私はヨーロッパ10カ国を7週間、一人旅した。旅先で出会い、とても親切にして頂いた方々に、語学力の未熟さから、まともに感謝の気持ちを言葉に出来ない自分自身に愕然としてしまった。
宿泊先ではほぼ毎晩、込み上げてくる悔しさと闘っていたのを思い出す。"せめて英語だけでも話せるようになれば、世界各国の人々とコミュニケーションが取れる。何と素晴らしいことだろう"との強い思いに憧れ、数週間の一人旅を終え、日本に戻って来た。そして大学を卒業したら、米国に単身留学をし、MBAを必ず取る事を一大目標に据えた。
滞米当初は米国人であるJohnston夫妻の自宅にホームステイさせてもらった。ホームステイ滞在数日後、Johnston夫妻は私の為、日本人留学生数名をホームパーティに招いてくれた。日本人留学生達に会える楽しみは、彼らの英語を耳にした瞬間に失望感へと化してしまった。パーティの夜、アメリカにただ滞在するだけでは、英語は決して上達しないと悟った事はとても大切な教訓となった。
約1カ月間のホームステイを終え、カリフォルニア州立バークレー大学(University of California Berkeley校)の 外国人向け英語夏講座(Summer Intensive English Course)に申し込んだ。
レベルは中級(Intermediate)。クラスメート24名中日本人が23名、残り1人はハンガリー出身の女性だった。日常クラスの内外では日本語が耳に入って来た。クラスメートの大半は留学生ではなく遊学生のように振る舞っていた。
幸いながら、私のルームメートはパキスタン出身で真面目なバークレー大学工学部の学生だったので、彼や彼の友達と英語を話せる環境が得られたことは唯一の救いだった。
同じ寮(I-House)で出逢った東大卒の方からのアドバイスに従い、単語力アップに注力する事にした。新しい単語を30個覚えることを日課とし、一日数時間以上を費やしたのは、賢明な判断だったと今でも思っている。
これから英語を真剣に学ぼうとしている方には単語力(Vocabulary)を増強する事から始めることを薦める。一見地味ながら、とても効果的な勉強法だ。経験から言えば、語学は単語力が生命線である。
人の出逢いはとても不思議である。最初のルームメートとは3カ月で離ればなれになり、長い間音信不通だったが、偶然ながら25年ぶりに彼、Asim Abajiwaと同じ職場(Xilinx)で再会を果たすこととなる。その後、彼の家族と一緒にバークレー大学を訪問出来たのは新たな思い出となった。 バークレー滞在3カ月後、英語研修場をテキサス州オースチンへ移した。Austinに移ってから、本格的な自己との長い闘いが始まり、そして続いた。米国大学院入学に必要なTOFELのスコアを目指し、日々4時間の睡眠に耐えながら奮闘した。努力の結果が成績に反映されない月日に、幾度も苛立ち、憤り、虚しい気持ちになった。そして自分自身が潰される思いがした。
その度"Never give up"、"七転び八起き"、"努力は人を裏切らない"などの言葉を想い返しTOEFLに挑んだ。同じ寮のルームメート(テキサス大学2年生)や英語学校のクラスメートの励ましが心の支えになったのは確かである。
Brotherとお互いが呼び合っていたエジプト出身のTeddy Tawilとは一昨年(2010年)、東京で30年ぶりに再会を果たした。再会の時、帝国ホテルのロビーで二人の抱擁は長かった。
1年に渡るオースチンでの悪戦苦闘の月日は、遂に奇跡をもたらしてくれた。ラストチャンスとして挑んだTOFEL受験で、辛うじて大学院入学に必要なスコアをクリアする事が出来、念願が叶ってアメリカビジネススクールへの道が拓かれた。想像を絶する過酷で葛藤の日々は静かに幕を閉じた。
(次回は5月10日に掲載予定です)
著者紹介
川上誠
サンダーバード国際経営⼤学院修⼠課程修了。1979年 Intel本社入社。1988年ザイコ―ジャパン設⽴以降、23年間ザイログ、ザイリンクス、チャータードセミコンダクター、リアルテックセミコンダクターなど外資半導体メーカ⽇本法⼈代表取締役社⻑を歴任。 そして2012年ハーバード⼤学特別研究員に就任
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