今回は普段とは趣向を変えて、ITが直接的に関わる話ではなく、間接的に影響する話について取り上げてみよう。それが、電化した鉄道が周囲に及ぼす「トバッチリ」である。例えばIT分野であれば、通信や信号といったところが影響を受けやすい。

帰線電流とは

日本における鉄道の動力源は、主として電気である。つまり、架線から電力の供給を受けて、それをしかるべき機器で制御してモーターに流して、モーターが生み出す回転力によって走る。

模型用のモーターを買ってきて電池と接続すると、そのモーターが回る。その際、電池の「+極」と「-極」を、それぞれモーターの端子に接続する。つまり、モーターを回転させるには、電池とモーターの端子を結ぶ配線が、ぐるっと一周する配線になる必要があるわけだ。

ところが電化した鉄道を見てみると、架線の電線は一本だけである。電力会社から高圧の交流で電力の供給を受けて、沿線に設けた変電所に取り込む。直流電化であれば、変圧器で降圧したものを整流器で直流にして架線に流すし、交流電化であれば整流器は要らない。しかしいずれにしても、架線は1本である。これでどうやって回路を構成しているのか?

E5系のパンタグラフと架線。背景がゴチャゴチャしていて分かりにくいが、架線は1本だけである

実は、架線から取り入れてモーターを回した後、変電所に戻るルートがある。それが足元のレールである。車輪もレールも鉄でできているから、これは導体であって、変電所に戻る回路を構成できる。そして、レールを通って変電所に戻る電流のことを帰線電流という。

ところが、レールは直接的であれ間接的であれ、地面に接している。そこに帰線電流が流れれば、その中には地中に漏出するものも出てくる。電車を動かすだけの電力があるのだから、帰線電流の規模だって無視はできない。そして、地中に漏出した帰線電流が、なにがしかの「わるさ」をしないとも限らない。

なお、新交通システムや札幌の地下鉄みたいにゴムタイヤで走っている車両では、レールを使って帰線電流を通すことができないので、別途、帰線電流のための線を用意している。新交通システムでは三相交流を供給するのが一般的なので、線路脇に三本の給電用レールがある。

直流電化・交流電化による影響

例えば直流電化による影響としては、地磁気観測への影響がよく知られている。茨城県に柿岡地磁気観測所という施設があるが、ここで行っている地磁気観測に対して、直流電化による帰線電流が「わるさ」をすることが判明した。交流なら周期的に向きが変わるが、その点、直流の方が影響が大きいそうである。

そのため、柿岡地磁気観測所から35km以内では直流電化は使うな、ということになった。だから、常磐線の直流電化区間は取手まで、つくばエクスプレスの電化区間は守谷までで、それより北は交流電化に切り替えている。水戸線も、小山を出た途端に交流電化に切り替わる。関東鉄道常総線のごときは非電化のままだ。

一方、交流電化はというと、地磁気観測への影響は少ないものの、電磁誘導現象を起こすことから、近隣にある通信線などに誘導障害を起こす可能性がある。そこで、帰線電流をそのままレールに流すのではなく、架線の近隣に設けた帰線電流用の電線に「吸い上げる」方式を採用している。架線を流れる電流と帰線電流は向きが逆なので、その帰線電流が流れる電線をレールではなく架線の近くに持ってくると、互いに逆位相になって誘導作用を打ち消し、結果として誘導障害を抑えられるという理屈だ。

しかし、吸い上げるといっても水をポンプでくみ上げるのとはわけが違う。レールを通じて変電所に戻ろうとする帰線電流を、何らかの電気的な工夫によって別の線に引っ張り込まなければならない。そこで使用する方式として、AT饋電方式とBT饋電方式がよく知られている(饋電とは、架線に電力を供給することを意味する言葉である)。

残念ながら、ここでは、それぞれの方式について詳しく述べている余裕がない。変圧器の動作原理を利用している、とだけ述べておこう。詳しくは、WikiPediaの当該項目や関連書籍などを参照していただきたい。

AT饋電方式 / BT饋電方式 [Wikipedia]

新幹線の架線設備。パンタグラフが接触するトロリー線と、それを吊るための吊架線に加えて、さまざまな電線がある。この中に、帰線電流を通すための線も含まれている。現在、新幹線はすべてAT饋電方式だ

主回路機器と誘導障害

実は、誘導障害の原因になるのは帰線電流だけではない。車両の中で、架線から取り入れた電流を制御する主回路機器も、誘導障害の原因になることがある。

鉄道車両を走らせるために使用するモーターは、直流電動機(電圧を変えて制御する)と、三相交流を使用する誘導電動機や同期電動機(電圧と周波数を変えて制御する)が主流だ。電圧、あるいは電圧と周波数を変える方式はいろいろあるが、半導体素子を活用するチョッパ制御やVVVF(Variable Voltage Variable Frequency)インバータ制御が登場した際に、この誘導障害が問題になった。

近所迷惑とかどうとかいう以前に、まず当の鉄道で使用している信号機器などに影響が生じる可能性が懸念されたのである。例えば、信号機が誘導障害によって誤作動を起こせば、安全な運行が成り立たない。どんなに省エネ化が可能であっても、そんな物騒な制御装置は使えない。

そこで、チョッパ制御車でもVVVFインバータ制御車でも、登場した当初は誘導障害関連の試験をかなり入念に実施した経緯がある。そこで先人が苦労して、問題なく使える制御装置を実現できたからこそ、チョッパ制御車、そして現在ではVVVFインバータ制御車が全盛となり、昔と比べて大幅な省エネルギー化を達成できた。

東京メトロ千代田線の北綾瀬支線で使われている、6000系ハイフン車。もともと、チョッパ制御の試験用に作られた車両で、デビュー当初は夜間に試運転を実施してデータを集めた。その成果が6000系量産車以降のチョッパ制御車に活かされている

IT化には周囲の協力も必要

つまり、IT化、ICTの活用といった話は単独で進められるものではなくて、それを阻害する要因がないかどうか、あればどのようにして対処するか、という点を抜きにはできない、という話が今回の本題である。

なにも鉄道に限った話ではなくて、例えば飛行機でも、電子機器に対する電磁的干渉、あるいはそれに起因する不具合がないかどうかを確認する試験がある。鉄道と同様にコンピュータ制御化や電子機器への依存が高まっている飛行機だから、電子機器の誤作動を防ぐ要因は事前に確認して、排除しておく必要がある。そうしないと初飛行も行えない。

執筆者紹介

井上孝司

IT分野から鉄道・航空といった各種交通機関や軍事分野に進出して著述活動を展開中のテクニカルライター。マイクロソフト株式会社を経て1999年春に独立。「戦うコンピュータ2011」(潮書房光人社)のように情報通信技術を切口にする展開に加えて、さまざまな分野の記事を手掛ける。マイナビニュースに加えて「軍事研究」「丸」「Jwings」「エアワールド」「新幹線EX」などに寄稿しているほか、最新刊「現代ミリタリー・ロジスティクス入門」(潮書房光人社)がある。