最近の本連載、「システムそのもの」だけでなく、「システム構築に際しての考え方」に関わる話題を取り上げることも増えてきた。しかしこれは、世の中にすでに存在する仕組みをIT化しようとすれば、避けて通ることはできない問題でもある。

そんな問題のひとつとして、自動改札機に関わる話を。

乗車券と経路判定

筆者は以前、次のような乗車券を特注で作ってもらったことがある。自動改札機による駅名・日付印字や途中下車印で判読が難しくなっているが、問題は経由地の指定である。

「東京都区内→福岡市内」の乗車券なのだが、この経由地指定は!?

単純に東京都区内から福岡市内に向かうのであれば、新幹線に乗れば一本である。それなら話は簡単だ。ところがこの乗車券は話が違っていて、実際に通ったルートはこうだ。

東京都区内 - 東京 - (東海道新幹線) - 新大阪 - (東海道本線) - 尼崎 - (福知山線) - 谷川 - (加古川線) - 加古川 - (山陽本線) - 姫路 - (姫新線) - 新見 - (伯備線) - 備中神代 - (芸備線) - 広島 - (山陽本線) - 岩国 - (岩徳線) - 櫛ヶ浜 - (山陽本線) - 徳山 - (山陽新幹線) - 福岡市内

中国地方の乗りつぶしを展開した際に、「肋骨」にあたる路線を先に乗っておいて、最後に「背骨」にあたる路線に乗る作戦を立てた。そのうち後者で使用したのが件の乗車券である。

こんな行程を一日で、改札の外に出ないで済ませることはできないから、必然的に何度も途中下車することになる。すると、途中下車の際には改札を通るが、そこでは「正しい経路の乗車券か」を判断しないといけない点が問題になる。有人改札なら、券面に手書きした経由地を順に見ていけばよいが、自動改札だとどうするか。起点と終点の情報だけ見ていたのでは、一般的な経路から外れた乗車券がエラーになる可能性がある。

ややこしいことに、正しい乗車券を持っていても、途中下車しようとしたら自動改札機でNG判定を食らって有人改札で通してもらった経験がある。現実問題として、想定できるすべてのケースを自動改札機に組み込んでいたら、開発もテストも大変だ。そのため、蓋然性の高いケースだけに限定してロジックを組み込んだ結果、エリミネートしたケースがたまたま自分の乗車券に該当してしまったということだろう。

経由がひとつしかあり得ず、かつ他社とのノーラッチ接続がないクローズドな民鉄線であれば、乗車券には「乗車駅」と「降車駅ないしは距離」の情報を書き込んでおけばよい。降車駅の自動改札機は、降車駅が正しいかどうか、あるいは乗車駅からの距離の情報に基づいて、NG判定するかどうかを決めることができる。ただし、近距離乗車券では「下車前途無効」のルールがあるから、降車駅が自駅より遠方にあるときにも通過させる必要があるのだが。

問題は、乗車駅と降車駅の間で複数の経路を選択できる場合である。JRグループはいうに及ばず、民鉄でも一部の地下鉄や東急電鉄といった該当例がある。そこで「乗車駅」と「降車駅ないしは距離」の情報だけだと、経路の判定ができない。

JRの長距離列車なら車内改札を行っているから、そこで正しい経路の乗車券を持っているかどうかを判断できる。しかし、地下鉄や都市部の民鉄線でいちいち車内改札なんてやっていられない。停車駅が多いからその度に乗降が発生するし、そもそも個別チェックするには乗客が多すぎる。

だから、JRの大都市近郊区間みたいに「経路の如何に関わらず、運賃は最短距離で計算する」というルールができた。それを逆手にとったのが、東京近郊区間などの「大回り乗車」だが、わざわざそれをやる物好きは全体から見れば少数派。経路確認に要する手間と、それによって得られるメリット(増収)を天秤にかけた結果、最短距離で計算する方が合理的と判断したのだろう。

こちらは循環ルートの乗車券。これも自動改札機でエラーになることがある

一筆書き乗車とノーラッチ接続

困るのが、相互乗り入れなどによって異なる事業者間のノーラッチ接続が発生した場合。改札でチェックを受けずに、異なる事業者を経由できてしまうからだ。たとえばの話、以下のような経路をノーラッチで乗れる。しかも、途中で同じ駅を二度経由していない一筆書きである。

西日暮里 - (東京メトロ千代田線) - 北千住 - (東武伊勢崎線) - 曳舟 - 押上 - (東京メトロ半蔵門線) - 渋谷 - (東急田園都市線) - 二子玉川 - (東急大井町線) - 自由が丘 - (東急東横線) - 中目黒 - (東京メトロ日比谷線) - 霞ヶ関

問題は、ノーラッチで東武や東急に出入りしていて、しかもそれを出場駅の霞ヶ関で判断する術がないことだ。千代田線でストレートに来たのか、大回りしてきたのか、乗車駅に関する情報と券面の情報だけでは判断できない。乗車時に目的地を指定していないICカード乗車券なら尚更である。

ちなみに首都圏民鉄の場合、PASMOの規則(ICカード乗車券取扱規則)を見ると、こんな規定がある。

当社を含むIC鉄道事業者相互間を乗車する場合の運賃の減額
第32条 旅客がIC定期乗車券を使用して入場した後、各IC鉄道事業者の定める取扱区間内を連続して乗車し、出場する場合の取扱いは前条の規定を準用する。

2 前項の定めにより、出場時に減額する片道普通旅客運賃相当額は、実際に乗車した経路に基づき、各IC鉄道事業者で定める大人片道普通旅客運賃の計算方による運賃の合算額とする。また、小児用ICカードのSFから減額する旅客運賃にあっては、各IC鉄道事業者で定める小児片道普通旅客運賃の合算額とする。

3 前項にかかわらず、改札機等での旅客運賃の減額は、入場した駅から4社局以内の各IC鉄道事業者の定める取扱区間内を連続して乗車した場合に限る。ただし、5社局以上を連続して乗車した場合であっても、4社局以内を連続して乗車できる経路がある場合には、4社局以内を乗車したものとみなして運賃を減額する。

4 前項で減額するときに、乗車経路が特定できない場合は、実際に乗車した経路と異なる経路を乗車したものとみなして運賃を減額することがある。

つまり、「実際に乗車したルートに基づいて運賃収受するのが基本だけれども、経路判定ができない場合などで例外もあり得る」ということだと読める。ノーラッチでは物理的に途中での経路チェックができないから、結果的にタダ乗りになっても致し方ないという判断だろうか。

そもそも、前述したような大回りをする物好きは滅多に存在しないだろう。それに、他社とのノーラッチ接続が2カ所以上ある事業者同士が接続していなければ、前述したような複数社をまたぐ一筆書きは成り立たないから、影響を受ける事業者は少ない。ノーラッチ接続が1カ所しかないと、そこで行き止まりになるから、一筆書きでは元の事業者の路線に戻れない。そんなレアケースなら切り捨てても……というところだろうか。

歴史的経緯、あるいは利便性を考慮した結果の相互乗り入れやノーラッチ接続が、自動改札機のNG判定に大きく影響して、判断しなければならない要素を増やしてしまっている。そこのところを理解していただければと思う次第。

執筆者紹介

井上孝司

IT分野から鉄道・航空といった各種交通機関や軍事分野に進出して著述活動を展開中のテクニカルライター。マイクロソフト株式会社を経て1999年春に独立。「戦うコンピュータ2011」(潮書房光人社)のように情報通信技術を切口にする展開に加えて、さまざまな分野の記事を手掛ける。マイナビニュースに加えて「軍事研究」「丸」「Jwings」「エアワールド」「新幹線EX」などに寄稿しているほか、最新刊「現代ミリタリー・ロジスティクス入門」(潮書房光人社)がある。