工事進行基準とEVM

今回から2回は、EVM(Earned Value Management)を活用した予算・実績管理に関する話題である。EVMそのものについては、PMBOKにおいてプロジェクト報告のためのツールの1つとして位置付けられていることから、読者諸兄にとっても耳になじみのある単語だろう。

本年4月から、受注ソフトウェア開発業についても、会計上の収益認識基準として工事進行基準の適用が原則義務化された。工事完成基準においては、いわゆる「どんぶり勘定」の計画でスタートして、完成時の収支計算で帳尻合わせを行うことが許容される世界だった。それが、計画段階から精緻に予算を積み上げて、それを基にした進捗管理を行わなければならなくなり、読者諸兄も自身の担当プロジェクトを、いかにして工事進行基準に合致させるか苦心されたのではないだろうか。

工事進行基準に対応するには、プロジェクトの進捗や作業のパフォーマンスを共通の尺度で定量化し、それを測定・分析する必要がある。プロジェクトのゴールに対して、今どこまで達成できていて、どのくらいコストがかかっているのか、完成までにあとどれくらいの時間とコストが必要なのか、それぞれが定量的に明確化されなければ工事進行基準には対応できない。共通の尺度、これに対する1つの解をEVMは提供している。

EVMとは何か?

プロジェクトを計画通りに進めるためには、適切な形でのモニタリングとコントロールが必須であり、それには共通の尺度が必要である。プロジェクト関係者が共通に理解可能な尺度として、EVMでは金銭価値を用いる。出来高の価値も、メンバーのスキルも、投入する工数もすべて金銭価値に換算して、その定量的な数値を基にして進捗管理を行うのである。これによって、プロジェクトの進捗状況やリスクを把握・評価し、的確な対応策を講じることが可能になる。

なお、共通の尺度を実現するにあたって、実際にはタスクの切り出し単位や、実績報告時の進捗度の基準など、プロジェクトとしてのルールを構成するための留意点があるが、今回は誌面の都合上割愛する。

EVMにおいて、現状評価・対応策策定を行う際のベースとなるのが進捗指標である。図1は、EVMで用いる進捗指標をまとめたものである。進捗指標は、現時点までの進捗状況を示す指標(#1-4)とその分析値(#5-8)、残作業における予測値を示す指標(#8-12)の3種類に大別できる。

図1: EVMで用いる進捗指標

図2は各進捗指標の相関関係を図示したものである。それぞれの指標の関係と理解してほしい。

図2: 進捗指標の相関関係

進捗指標を使ってみよう

ここで、具体的な例を挙げて考えてみよう。

時給1000円のメンバーが8時間/日で15日間要するプロジェクトを考えてほしい。7日目終了時点で実稼働時間600時間、達成率40%という作業報告がメンバーから上がってきたとしよう。図1の算出方法に沿って、各進捗指標を計算してみよう。

BAC 1,000円 * 8時間 * 15日 = 1,200,000円
PV 1,000円 * 8時間 * 7日 = 560,000円
EV 1,200,000円 * 40% = 480,000円
AC 1,000円 * 600時間 = 600,000円
SV 480,000円 - 560,000円 = -80,000円 (SPI: 480,000円 / 560,000円 = 0.86)
CV 480,000円 - 600,000円 = -120,000円 (CPI: 480,000円 / 600,000円 = 0.80)

SVもCVもマイナスとなっていることから、予定に対して進捗が遅延しているだけでなく、予算も予定に対して超過していることが分かる。もっとも、ここまでは進捗指標として計算しなくとも、感覚的に分かるかもしれない。

TCPI (1,200,000円 - 480,000円) / (1,200,000円 - 600,000円) = 1.2
ETC (1,200,000円 - 480,000円) / 0.8 = 900,000円
EAC 600,000円 + 900,000円 = 1,500,000円
VAC 1,200,000円 - 1,500,000円 = -300000円

TCPIの数値は、当初予定に対して20%増の生産性で残作業を進めれば予算内で完了できることを示している。しかし、現時点までの生産性(=CPI)が0.8であることを考慮すると、20%増ではなく実際には50%増の生産性が必要となるため、予算内でのプロジェクト完了はほぼ絶望的な状況である。そして、VACの数値から、現時点までの生産性がこの後も続くと仮定すると最終的には30万円の予算超過で作業完了となることが予測できる。

進捗指標から何が分かる?

EVMを導入するメリットは2つある。

1つは上記のように進捗指標を元に現時点における進捗状況を可視化し、今後の残作業における見通しを把握できることにある。もう1つのメリットは、その得られた情報を評価し、対応策を講じる意思決定プロセスを迅速化できることである。但し、得られた情報からどのような対応策を講じるかは、そのプロジェクトがQCDの何を優先するかに応じて変化する。つまり、進捗指標から直接的に対応策が導出されるわけではないことに留意しなければならない。プロジェクトマネージャーは、進捗指標の現時点までの推移および今後の見通しについて注意深くモニタリングし、プロジェクトの目標に沿うようにコントロールする必要がある。

作業計画および実績情報の精度が高く、担当メンバーのスキルが適切であるという前提において、SPI=1、CPI=1であり、BAC=EACという状態がプロジェクトマネージャーとしては最も望ましい状態である。しかし、そのような幸せな状態でプロジェクトが推移することはほとんどない。望ましい状態からの乖離をどう分析し対応するかが腕の見せ所である。

担当しているプロジェクトのEACがBACを超過し、EVがPVに届かないという進捗報告が続いた場合、読者諸兄はプロジェクト現場の状況をどのように推測し、どのように対処すべきだろうか?

先に述べたように、対応策は進捗指標から直接的には導出されない。但し、それらの指標が示す状況をこれまでの事例から類型的にまとめることはできる。プロジェクトマネージャーは進捗指標から現場の状況を推測し、プロジェクトとしての優先順位を考慮しながら対処することが求められるのである。

では、一体どのように読み取っていくのだろうか?続く後編ではそのノウハウをご紹介していく予定である。お楽しみに。

執筆者紹介

佐藤拓也(SATO Takuya) - 日立コンサルティング マネージャー


国内系SIerにて、通信業界向け海外パッケージの検証および導入支援を経験後、外資系コンサルティング会社にてITアーキテクトとして、製造業、官公庁、特殊法人を中心に、ITインフラ統合プロジェクトに従事。2007年より現職。コンサルティング活動の傍ら、インフラ統合ソリューション開発や、コンサルタントの生産性を向上させる社内インフラ企画にも関わる。



監修者紹介

篠昌孝(SHINO Masataka) - 日立コンサルティング ディレクター


国内最大手のファイナンシャルグループで、BPRプロジェクトや、数多くのEコマース構築プロジェクトにて、PMを歴任。2001年に外資系大手コンサルティングファームに入社、主にERP導入や、SOA技術を駆使した大規模SIプロジェクトを成功に導いた。同社のパートナー職を経て、2007年より現職。