はじめまして。Leonis&Co.とトランスコスモスという会社で、消費行動やモノの売り方の研究をしている伊藤圭史と申します。

本連載では、小売・流通やデジタルマーケティング領域で注目されているキーワードや気になったニュースをテーマに、私なりの観点で解説していきたいと思っています。 

第一回は、近年、小売・流通業を中心に大きな注目を集める (しかし、実はイマイチよく理解されていない)「オムニチャネル」というキーワードについて考えてみたいと思います。

オムニチャネルとは?

(原義で言うと)オムニチャネルとは、「自社チャネルを統合することで、いつでもどこでも商品を購入することができる環境を整備する経営戦略」です。

例えば、店舗で見た商品をあとからスマホで買えるようにしたり、ネットショッピングをしても店舗の会員カードのポイントを貰えるようにするなど、店舗とネットの行き来を促進するようなサービスがオムニチャネル戦略の代表的な施策となります。

オムニチャネルが注目を浴びるようになった背景には、消費者の消費行動の変化があります。

企業はこれまで、「実店舗で買ってもらうこと」を前提として戦略を組み立てていました。例えば、家電量販店は人が集まる場所に店舗をおき、地域にあった品を揃え、チラシを撒くというのが当たり前の展開でした。

近年、スマホやITが普及・定着化してきたことで、消費者は自在にチャネルを使い分けるようになりました。このような消費者は店舗に来てくれなかったり、店舗に来ても気になった商品をメモしてカカクコムで買ってしまいます。

その結果、米国では、書店業界2位のBorders Groupや家電量販店業界2番手のCircuitCity、Radio Shackなど大手小売業が相次いで倒産に追い込まれてしまいました。

この新しい消費行動への対応方法に各社が頭を悩ませるなか、急速に業績を伸ばしたのが「オムニチャネルリテーラー宣言」を行った米国大手百貨店「Macy's」でした。

Macy'sの成功が、オムニチャネルに注目を集めた

Macy's の戦略は非常にシンプルで、「Macy'sが持っているものであれば、いつでもどこでも買ってもらえるようにする」ことにより「お客さまにとって一番便利なお買物方法」を目指す、というものでした。

例えば、「店頭で見かけた商品をあとでスマホからも買えるようにする」といった施策で、色々なチャネルを行き来する消費者にとっての利便性向上を図っています。(オムニチャネルという言葉は、「お客様にいつでもどこでも買ってもらえるように自社の販売・流通チャネルを統合する」という考え方から来ています)

この戦略は新しい消費行動を好む消費者から強烈な支持を集め、Macy's は、2009年からわずか6年で売上を20%増、営業利益率を約2倍に伸長させることに成功しました。また、同社のECサイトは、40億ドル以上 (日本円で4000億円以上)の売上を誇るまでに成長しています。

このように Macy's が成果を出したことで、彼らが掲げていた「オムニチャネル」は、長年の悩みを解決する画期的な戦略として注目を集めるようになりました。

「Macy's の売上推移の表」データ出典 : Macy's Annual Report 2013,2014 - 売上2兆円以上の超巨大企業にも関わらず、2009年から2013年比較で売上20%増、営業利益率を2倍超に

オムニチャネルは、企業それぞれ

オムニチャネルという言葉は、Macy'sが新しい消費行動に対応するためにとった戦略として注目を浴びたわけですが、それはあくまでもやり口の一つであり、(当然)そのまま処方してすべての会社に効く万能薬というわけではありません。

オムニチャネルという言葉が流行した結果、多くの会社が「とりあえずチャネルを統合しよう」という動きをしましたが、本当に成果が出ている会社はこの言葉に引きずられず、オムニチャネルを一つの手段として参考とし、自社のお客様を見つめなおすことに専念している会社です。

そういった意味で、私は、オムニチャネルを検討する際には原義にこだわらず、「スマホ時代の消費行動に対応することを目的とした経営戦略」と捉えておくべきと考えています。(あるいは、オムニチャネルという言葉を外してしまってもよいかもしれません)

オムニチャネルは、業種を超えて注目すべき取り組みに

消費者の行動の変化に対応するための戦略であるオムニチャネルは、当然、最も消費者と近い位置にいる小売・流通業が先駆的な役割を果たしていますが、最近は、メーカーや金融業など、幅広い業種に拡がりを見せ始めています。

例えば、欧州の銀行では「利用しているチャネル数」が顧客生涯価値 (顧客が一生に支払う金額)と関連性があることに着目し、より多くのチャネル利用を促進するような取り組みを始めています。

今後、新しい消費行動が浸透していくにつれ、広義での "オムニチャネル" は益々重要性を増していきます。本連載でも関連した動きを取り上げていきたいと思いますので、是非ご注目いただければと思います。

執筆者紹介

伊藤 圭史

Leonis & Co.共同代表
および トランスコスモス オムニチャネル推進室 室長

上智大学卒業後、IBMビジネスコンサルティングサービス(現 : 日本IBM)に入社。2011年12月、オムニチャネルに特化したシステムとコンサルティングサービスを提供するLeonis & Co.を設立する。その後、オムニチャネルの専門家として通信会社や百貨店、電鉄などさまざまな企業を支援。現在は、トランスコスモスグループのオムニチャネル推進支援サービスの中核企業としてオムニチャネルマーケティングシステム「OFFERs」の提供を主軸とした展開を行っている。