4月29日、米財務省は、貿易相手国の通貨政策を分析した半期為替報告書で、対米貿易黒字が大きい日本や中国、ドイツ、韓国、そして台湾の5カ国・地域を「監視リスト」に指定しました。

なお、「監視リスト」は今回新設されたもので、従来、不当な通貨安誘導には「為替操作国」と認定して制裁を発動する方針でしたが、それ以前に、まず是正措置の対象となる手前の段階で相手国の為替政策をけん制するもののようです。

今回の「監視リスト」の中で、日中独韓に対しては、貿易収支や経常収支の対米黒字が巨額であること、台湾に対しては、為替介入の規模が大きいと指摘しています。

報告書では、4月中旬にルー財務長官が表明したとおり、「最近のドル/円相場は秩序的だ」と指摘し、国際的に為替介入が容認される「無秩序な動き」にはあたらないと示唆されました。

これに対して、日本からは、日本時間4月30日深夜に、麻生財務相から、「発表した報告書で日本の為替政策を監視対象にしたことに関しては「(為替介入など)我々の対応を制限することは全くない」

そして現在の円高に対して、「一方的で偏った投機的な動きに極めて憂慮している」、さらに、「投機的な動きに)必要に応じて対応する」とも明言し、円売り介入も辞さない姿勢を強調しました。

さて、この米財務省と日本の財務省との主張の食い違いは、今週の相場にいかに影響を与えるかということですが、やはり円高に振れると個人的には思っています。

麻生財務相の発言である「(現在の円高が、)一方的で偏った投機的な動き」だということについては、少なくとも4月28日の日銀の緩和維持表明によるドル/円の大幅反落の原因が、4月22日、日銀が翌週の金融政策決定会合で、マイナス金利での銀行への資金供給を検討しているとの観測記事に、投機筋が期待して乗っかりロングポジションを膨らませたためのものです。

そして期待していたところが、「現状維持」が発表され、ロングの総投げに繋がり急落となりました。

ドル/円 日足

つまり、投機筋は、政府の期待(円安)に沿った方向にポジションを張っていたのに、日銀の「現状維持」のひとことで、足元をすくわれ、投げされています。

その意味では、日銀が投機筋を潰したと言って過言ではないと思われます。

その後のドル/円の流れから言っても、下げた後のドル/円に戻りらしい戻りがありませんので、基本的には、ドル/円のポジションは、少なくともショートにはなっていないものと思われます。

ですので、これからも、ヘタに、日本政府を期待してロングにすれば、上値は重くなり、反落しやすくなるものと見ています。

また、現在の米財務省と日本の財務省との不協和音に対して、過去の教訓として、思い起こしておかなければならないのは、1987年10月19日に起きた、史上最大規模の世界的株価大暴落であったブラックマンデーです。

この時はまだ、ECBの設立までには、まだかなり前の時期でしたが、ドイツの中央銀行であるドイツブンデス銀行(ドイツ連銀)が、世界的に金融政策に対しても大きな影響力をもっていました。

ドイツは、第1次世界大戦後、ハイパーインフレ(通貨価値の暴落)を経験したことがあったため、ブンデスバンクは基本的にインフレファイターとして、引き締め気味の政策をとっていました。

まさに、1987年当時も、ブンデスバンクは、金利を引き上げようと引締め姿勢を取ろうとしていました。

それに対して、アメリカは待ったを掛けたのですが、ブンデスは押し切ろうとしたため、世界でも主だった通貨当局同士の不況和音に、マーケットは動揺を隠しきれず、そしてブラックマンデーというパニックを引き起こすことになりました。

株価が急落する中、当時FRB議長に就任したばかりのグリースパン氏が先頭に立ち、直ちに短期金融市場に大量の資金を注入したことにより、急騰していた株・債券は落ち着きが取り戻しました。

この歴史の教訓から言えることは、もともと、マーケットは臆病なものですが、それを管理するべき、通貨当局同士の間で不協和音が流れるということは、マーケットをパニックに陥れることになりかねません。

今回の米財務省と日本の財務省の間の軋轢が回避されないと、もしかすると、1987年のブラックマンデーの再来を呼び起こし、ヘタを打てば大変な惨事に見舞われる危険性が未だにありますので、十分な警戒が必要だと思います。

執筆者プロフィール : 水上 紀行(みずかみ のりゆき)

バーニャ マーケット フォーカスト代表。1978年三和銀行(現、三菱東京UFJ銀行)入行。1983年よりロンドン、東京、ニューヨークで為替ディーラーとして活躍。 東京外国為替市場で「三和の水上」の名を轟かす。1995年より在日外銀に於いて為替ディーラー及び外国為替部長として要職を経て、現在、外国為替ストラテジストとして広く活躍中。長年の経験と知識に基づく精度の高い相場予測には定評がある。なお、長年FXに携わって得た経験と知識をもとにした初の著書『ガッツリ稼いで図太く生き残る! FX』が2016年1月21日に発売される。詳しくはこちら