前回は、艦載防空システムに関わる脅威評価アルゴリズムのうち、個艦防空(point defence)と僚艦防空(local area defence)を取り上げた。今回はその続きで、艦隊や輸送船団などに対し、まとめて防空の傘を差し伸べる、艦隊防空(area defence)を取り上げてみたい。

艦隊防空の考え方

艦隊防空(Area Defence)はその名の通り、艦隊すべてを対象とする防空である。

ただ、艦隊を構成する艦の間では当然ながら、軽重の差が発生する。空母打撃群(CSG : Carrier Strike Group)なら、まず空母を護らなければならない。遠征打撃群(ESG : Expeditionary Strike Group)なら、まず揚陸艦を護らなければならない。

もっとも、そうした高価値目標(HVU : High Value Unit)は艦隊陣形の中心、ないしはそれに近いところにいるのが普通だから、艦隊の外部から飛来する脅威にとっては、もっとも遠い場所にいる。したがって、艦隊に向かってくる目標に対処すれば結果として、その艦隊の中心にいるHVUを護ることにつながる、と言えるかもしれない。

ともあれ、艦隊防空の場合には艦隊全体が護るべき対象だから、個艦防空の場合とは脅威評価のやり方が変わってくる。平たく言えば、艦隊に向かってくる目標は、(たとえ自艦の方に向かっていなかったとしても)すべて脅威である。かつ、まずHVUを護るという条件がつく。

その判断を行うには、艦隊が展開しているエリアや、その中での個々の艦の位置関係がわかっていなければ話にならない。これは、艦隊を構成する個々の艦の位置情報をデータリンク経由で受け取れば、対応できそうだ。

「護るべきエリア」「その中でも、特に重点を置くべきHVU」の位置を把握すれば、飛来する探知目標のうち「護るべきエリア」に向かっているものが脅威評価の対象となる。そして、着弾のタイミングが早いもの、HVUに向かっていると考えられるものを優先的に片付ける。

つまり、艦隊防空艦は射程の長い艦対空ミサイルと探知距離が長いレーダーだけ備えていれば成立するのではなく、「艦隊防空」という任務を達成するために必要な脅威評価のアルゴリズムが熟成されていなければならないのである。

イージス武器システムのポイントは、最初の配備開始から30年以上の運用経験があり、さまざまな場面を経験することでアルゴリズムが熟成されてきている点にある。ポッと出の新顔は、そこのところの熟成がどうしても足りない。誰のこととはいわないが。

射程の長短だけの問題ではない

一般的な理解としては、「個艦防空はわが身だけを護ればよく、使用する艦対空ミサイルの射程は短い」「艦隊防空は艦隊や船団全体を護らなければならず、飛来する脅威に対して、より遠方で迎え撃つほうが望ましい。そのため、使用する艦対空ミサイルの射程は長い」という話になる。

白状すると、筆者もこの分野に首を突っ込み始めたばかりの頃はそう思っていた。要するに、艦対空ミサイルの射程距離だけを基準にしていたわけだ。

さて。昔と比べるとミサイルの性能が向上したため、今時の個艦防空用艦対空ミサイルの中には、昔の艦隊防空用艦対空ミサイルよりも長い射程距離を持つものがある。具体的な数字を出してみよう。

個艦防禦用の艦対空ミサイルというと、海上自衛隊でも使っているRIM-7シースパローのシリーズが有名だ。今でもあちこちで使われている。RIM-7シースパローの初期モデル・RIM-7Eの射程距離は8km、末期モデル・RIM-7Rの射程距離は26km。

シースパローと同じ世代に属する艦隊防空用の艦対空ミサイルというと、RIM-24ターターや、その後継となるRIM-66スタンダードMRがある。RIM-24の末期モデル・RIM-24Cターターの射程距離は32km、RIM-66BスタンダードMR(SM-1)の射程距離は37km。

同じRIM-66スタンダードMRでも、イージス艦が使用するSM-2は誘導方式の違いにより、無駄のない飛翔経路をとれる分だけ射程距離が伸びて、初期型でも74kmある。

さて。最近、シースパローの後継として導入が進んでいるのがRIM-162 ESSM(Evolved Sea Sparrow Missile, 発展型シースパローの意)だが、これの射程距離は50kmに達する。艦隊防空用とされるターターやスタンダードMR(SM-1)よりも射程距離が長い。

「それなら、ESSMがあればターターやSM-1の代わりが務まるのでは?」

実はこれ、他人事ではない。わが海上自衛隊には、SM-1を使用する「はたかぜ」型ミサイル護衛艦が2隻ある。また、「むらさめ」型護衛艦と「たかなみ」型護衛艦は、シースパローに代えてESSMを導入する作業が進んでいる。

ミサイル護衛艦「はたかぜ」。イージス護衛艦8隻体制が実現した後は、練習艦任務に回されるらしい

ESSMを搭載する「むらさめ」型護衛艦と「たかなみ」型護衛艦は、艦隊防空を本業とする「はたかぜ」型よりも射程距離が長いミサイルを持つことになるわけだ。それなら「はたかぜ」型には出番がない!?

艦隊防空向けの脅威評価が必要

射程距離だけ見ればそういう話になりそうなものだが、そう単純な話でもなさそうだ。というのは、前述した脅威評価ロジックの違いが関わってくるからだ。

シースパローやESSMは個艦防御用という位置付けだから、それと組み合わせる射撃管制システムのソフトウェアの脅威評価もそれに合わせた内容になっているはずだ。つまり、自艦に向かってくる脅威が最優先である。

すると、射程を延ばして覆域を拡げただけで、艦隊防空に使えるものだろうか。艦隊防空は個艦防空と違い、自艦に向かってくる脅威だけ考えていればよいというものではない、という話は先に書いた。

つまり、艦隊防空を実現するには、艦隊防空に使えるだけの射程距離を備えた艦対空ミサイルだけでなく、艦隊防空に適した脅威評価のロジックを備えた指揮管制システムも必要なのだ。

ノルウェー海軍にフリチョフ・ナンセン級というフリゲートがある。主兵装はESSMだが、それを管制するのはイージス戦闘システムだ。イージスは艦隊防空を前提として開発されたシステムだから、これならESSMによる艦隊防空も可能になる。

もちろん、SM-2と比べれば射程距離が短い分だけ能力的な限界はあるが、脅威評価ロジックの面から見ると、レッキとした艦隊防空艦ということになる。