前回は人工衛星そのもののオーバービューを説明したが、今回から各論に入っていく。最初は、最も出番が多い通信衛星を取り上げる。現在でも、オーストラリア国防軍みたいに短波通信機材をアップグレードして使い続けている国があるが、見通し線圏外(BLOS : Beyond Line-of-Sight)における通信の主役は衛星通信(SATCOM : Satellite Communications)だ。

通信衛星の機能

通信衛星とは、宇宙空間上に陣取って、地上から送られてきた通信を受け取り、別の場所に中継する機能を備えた衛星である。地上から衛星に向かう通信をアップリンク、衛星から地上に向かう通信をダウンリンクという。

その中継機能を受け持つ機材がトランスポンダー(中継器。略してトラポンということもある)で、なぜか日本では「本」で数える。そして、1つの通信衛星に複数のトランスポンダーを搭載して、同時に多数の通信を扱えるようにしている。例えば、「Xバンドが10本、Kaバンドが20本、Kuバンドが10本」といった具合だ。

通信衛星には、静止衛星を用いるものと、周回衛星を用いるものがある。後者の場合、地球の裏側まで通信を届けるには衛星同士でバケツリレーする必要が生じる。その際、個々の衛星がいちいち地球局とリンクする場合と、衛星同士のリンクを構成する場合がある。衛星同士が直接リンクするほうが無駄がなさそうだが、通信相手の衛星を見つけて通信を成立させる手間はかかる。

周回衛星が使用する軌道高度はさまざまだが、軌道高度が低いと出力を低くできるので、その分だけ端末機を小型・軽量・安価にできる。また、通信する距離が短くなるので、静止衛星と比べると遅延が少ない。

その代わり、1つの衛星でカバーできる範囲が狭くなるので、全世界をカバーするには多数の衛星を用意して周回させる必要がある。現在では軍や政府機関を主な顧客としているイリジウム衛星携帯電話が典型例だ。

衛星通信のバンド

バンドと言っても音楽とは何の関係もなくて、周波数帯の話である。意外と種類が多く、衛星通信で使われる主なバンドは以下のような陣容である。周波数は多くの場合「帯」、つまり、ある程度の幅を持った範囲を割り当ててある。

  • UHF(Ultra High Frequency)
  • Cバンド : アップリンク6GHz、ダウンリンク4GHz
  • Xバンド : アップリンク8GHz、ダウンリンク7GHz
  • Kuバンド : アップリンク14GHz、ダウンリンク12GHz
  • Kaバンド : アップリンク30GHz、ダウンリンク20GHz
  • EHF(Extremely High Frequency)

上に挙げたうち、Xバンドは軍用衛星通信専用で、民間では使用していない。KaバンドやKuバンドは軍民いずれでも使用している。基本的な傾向として、周波数帯が高い方が高速・大容量の伝送に向いていると言える。

軍用通信衛星の事例いろいろ

衛星を自前で取得・打ち上げ・維持するには人手と費用がかかるので、軍が自前の衛星を持つ代わりに、民間企業が運用する通信衛星の一部を借り受けている国は多い。日本でも、海上自衛隊の護衛艦にスーパーバード衛星用のアンテナと端末機器が載っている。

もちろん、国によっては軍が自前の衛星を運用している。特に米軍の場合、全軍で共用する衛星(打ち上げや管制は空軍の担当)に加えて、米海軍は自前の通信衛星を持っている。

米海軍が自前で持っているのは低速のUHF通信衛星で、FLTSATCOM → UFO(UHF Follow-On) → MUOS (Mobile User Objective System)と代替わりしてきた。音声通信など、あまり高い伝送能力を求められない用途がメインだ。米海軍だけでなく同盟国(日本も含む)の艦でも、これらのUHF通信衛星に接続するための端末機とアンテナを搭載した事例がある。

余談だが、UFOからMUOSに代替わりした際の最大の変化は、W-CDMA(Wideband Code Division Multiple Access)を導入したことである。

一方、全軍で共有する衛星としては、WGS(Wideband Global SATCOM)とAEHF(Advanced Extremely High Frequency)がメインである。

WGSはボーイング社製で、2015年7月に7号機が打ち上げられた。オーストラリアなどの同盟国が一部の費用を負担して、部分的に通信能力を借り受けている。一方のAEHFはロッキード・マーティン社製で、現時点で3基が打ち上げ済み、2019年までに、もう3基を加える予定になっている。

軍が自前の通信衛星を持っている国としては、フランスもある。現在は2005年に打ち上げたシラキューズ3Aと2006年に打ち上げたシラキューズ3Bが稼働しているが、さらにイタリアと資金を分担して共同運用する形で、2015年4月にSICRAL 2(Sistema Italiano per Comunicazioni Riservate ed Allarmi 2)を打ち上げた。

シラキューズ3A/3Bの後継については、2021年の打ち上げ開始を目指して、タレス・アレニア・スペース社とエアバス・ディフェンス&スペース社が新型衛星COMSAT NGの開発を進めている。

面白いのはイギリスで、PFI(Private Finance Initiative)の枠組みを使い、エアバス・ディフェンス&スペース社がスカイネット衛星群を運用している。XバンドとUHFに対応する8基の衛星で構成するが、アジア方面での通信需要が増えたため、2015年にスカイネット5A衛星が東経6度から東経94.8度まで67,000kmの大移動を実施した。

エアバス・ディフェンス&スペース社では、このスカイネット衛星群の能力を他国の軍に切り売りするXEBRAというサービスも始めている。Xバンドだから軍用限定だ。普段はイギリス軍向けに "放送時間" を売っているが、衛星のトランスポンダーが余っていれば、それを他国向けに切り売りするアルバイトをさせることで、追加の設備投資を行わなくても売上が増える。PFIの枠組みを使用することのメリットだ。

日本でも、PFIの枠組みを使って次世代版Xバンド通信衛星を導入する計画が進んでいるところだ。ただし、他国向けに切り売りのアルバイトをする予定があるかどうかはわからない。