【コラム】

軍事とIT

123 人工衛星(2)通信衛星

 

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前回は人工衛星そのもののオーバービューを説明したが、今回から各論に入っていく。最初は、最も出番が多い通信衛星を取り上げる。現在でも、オーストラリア国防軍みたいに短波通信機材をアップグレードして使い続けている国があるが、見通し線圏外(BLOS : Beyond Line-of-Sight)における通信の主役は衛星通信(SATCOM : Satellite Communications)だ。

通信衛星の機能

通信衛星とは、宇宙空間上に陣取って、地上から送られてきた通信を受け取り、別の場所に中継する機能を備えた衛星である。地上から衛星に向かう通信をアップリンク、衛星から地上に向かう通信をダウンリンクという。

その中継機能を受け持つ機材がトランスポンダー(中継器。略してトラポンということもある)で、なぜか日本では「本」で数える。そして、1つの通信衛星に複数のトランスポンダーを搭載して、同時に多数の通信を扱えるようにしている。例えば、「Xバンドが10本、Kaバンドが20本、Kuバンドが10本」といった具合だ。

通信衛星には、静止衛星を用いるものと、周回衛星を用いるものがある。後者の場合、地球の裏側まで通信を届けるには衛星同士でバケツリレーする必要が生じる。その際、個々の衛星がいちいち地球局とリンクする場合と、衛星同士のリンクを構成する場合がある。衛星同士が直接リンクするほうが無駄がなさそうだが、通信相手の衛星を見つけて通信を成立させる手間はかかる。

周回衛星が使用する軌道高度はさまざまだが、軌道高度が低いと出力を低くできるので、その分だけ端末機を小型・軽量・安価にできる。また、通信する距離が短くなるので、静止衛星と比べると遅延が少ない。

その代わり、1つの衛星でカバーできる範囲が狭くなるので、全世界をカバーするには多数の衛星を用意して周回させる必要がある。現在では軍や政府機関を主な顧客としているイリジウム衛星携帯電話が典型例だ。

衛星通信のバンド

バンドと言っても音楽とは何の関係もなくて、周波数帯の話である。意外と種類が多く、衛星通信で使われる主なバンドは以下のような陣容である。周波数は多くの場合「帯」、つまり、ある程度の幅を持った範囲を割り当ててある。

  • UHF(Ultra High Frequency)
  • Cバンド : アップリンク6GHz、ダウンリンク4GHz
  • Xバンド : アップリンク8GHz、ダウンリンク7GHz
  • Kuバンド : アップリンク14GHz、ダウンリンク12GHz
  • Kaバンド : アップリンク30GHz、ダウンリンク20GHz
  • EHF(Extremely High Frequency)

上に挙げたうち、Xバンドは軍用衛星通信専用で、民間では使用していない。KaバンドやKuバンドは軍民いずれでも使用している。基本的な傾向として、周波数帯が高い方が高速・大容量の伝送に向いていると言える。

軍用通信衛星の事例いろいろ

衛星を自前で取得・打ち上げ・維持するには人手と費用がかかるので、軍が自前の衛星を持つ代わりに、民間企業が運用する通信衛星の一部を借り受けている国は多い。日本でも、海上自衛隊の護衛艦にスーパーバード衛星用のアンテナと端末機器が載っている。

もちろん、国によっては軍が自前の衛星を運用している。特に米軍の場合、全軍で共用する衛星(打ち上げや管制は空軍の担当)に加えて、米海軍は自前の通信衛星を持っている。

米海軍が自前で持っているのは低速のUHF通信衛星で、FLTSATCOM → UFO(UHF Follow-On) → MUOS (Mobile User Objective System)と代替わりしてきた。音声通信など、あまり高い伝送能力を求められない用途がメインだ。米海軍だけでなく同盟国(日本も含む)の艦でも、これらのUHF通信衛星に接続するための端末機とアンテナを搭載した事例がある。

余談だが、UFOからMUOSに代替わりした際の最大の変化は、W-CDMA(Wideband Code Division Multiple Access)を導入したことである。

一方、全軍で共有する衛星としては、WGS(Wideband Global SATCOM)とAEHF(Advanced Extremely High Frequency)がメインである。

WGSはボーイング社製で、2015年7月に7号機が打ち上げられた。オーストラリアなどの同盟国が一部の費用を負担して、部分的に通信能力を借り受けている。一方のAEHFはロッキード・マーティン社製で、現時点で3基が打ち上げ済み、2019年までに、もう3基を加える予定になっている。

軍が自前の通信衛星を持っている国としては、フランスもある。現在は2005年に打ち上げたシラキューズ3Aと2006年に打ち上げたシラキューズ3Bが稼働しているが、さらにイタリアと資金を分担して共同運用する形で、2015年4月にSICRAL 2(Sistema Italiano per Comunicazioni Riservate ed Allarmi 2)を打ち上げた。

シラキューズ3A/3Bの後継については、2021年の打ち上げ開始を目指して、タレス・アレニア・スペース社とエアバス・ディフェンス&スペース社が新型衛星COMSAT NGの開発を進めている。

面白いのはイギリスで、PFI(Private Finance Initiative)の枠組みを使い、エアバス・ディフェンス&スペース社がスカイネット衛星群を運用している。XバンドとUHFに対応する8基の衛星で構成するが、アジア方面での通信需要が増えたため、2015年にスカイネット5A衛星が東経6度から東経94.8度まで67,000kmの大移動を実施した。

エアバス・ディフェンス&スペース社では、このスカイネット衛星群の能力を他国の軍に切り売りするXEBRAというサービスも始めている。Xバンドだから軍用限定だ。普段はイギリス軍向けに "放送時間" を売っているが、衛星のトランスポンダーが余っていれば、それを他国向けに切り売りするアルバイトをさせることで、追加の設備投資を行わなくても売上が増える。PFIの枠組みを使用することのメリットだ。

日本でも、PFIの枠組みを使って次世代版Xバンド通信衛星を導入する計画が進んでいるところだ。ただし、他国向けに切り売りのアルバイトをする予定があるかどうかはわからない。

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インデックス

連載目次
第151回 装甲戦闘車両とIT(6)FBCB2とBFTとBMS
第150回 装甲戦闘車両とIT(5)指揮車という名のAFV
第149回 装甲戦闘車両(AFV)とIT(4)IED対応のアクティブ座席
第148回 装甲戦闘車両(AFV)とIT(3)砲兵の射撃統制装置
第146回 装甲戦闘車両(AFV)とIT(2)戦車の射撃統制装置
第145回 装甲戦闘車両(AFV)とIT(1)行進間射撃
第144回 X-2と将来戦闘機(10)運用構想と技術の関係
第143回 X-2と将来戦闘機(9)機内空間設計と3D CAD
第142回 X-2と将来戦闘機(8)FBWか、FBLか
第141回 X-2と将来戦闘機(7)データリンク
第140回 X-2と将来戦闘機(6)モデリングとシミュレーション
第139回 X-2と将来戦闘機(5)カウンター・ステルス
第138回 X-2と将来戦闘機(4)クラウド・シューティング
第137回 実はハイテクな救難ヘリコプター
第136回 X-2と将来戦闘機(3)スマート・スキン
第135回 X-2と将来戦闘機(2)推力・飛行統合制御[2]
第133回 X-2と将来戦闘機(1)推力・飛行統合制御[1]
第132回 軍事作戦と通信(5)通信とコンピュータの関わり
第130回 軍事作戦と通信(4)国立暗号博物館訪問記
第129回 軍事作戦と暗号(3)暗号の機械化
第128回 軍事作戦と通信(2)コードとサイファー
第127回 軍事作戦と通信(1)通信手段いろいろ
第126回 人工衛星(5)早期警戒衛星
第125回 人工衛星(4)測位衛星(航法衛星)
第124回 人工衛星(3)偵察衛星
第123回 人工衛星(2)通信衛星
第122回 人工衛星(1)軍事衛星の種類いろいろ
第121回 防空とIT(7)エネルギー兵器の場合
第120回 防空とIT(6)IAMD(防空とミサイル防衛の統合)
第119回 防空とIT(5)艦隊防空[その2]
第118回 防空とIT(4)艦隊防空[その1]
第117回 防空とIT(3)野戦防空
第116回 防空とIT(2)防空システムのコンピュータ化
第115回 防空とIT(1)第二次世界大戦における防空システム
第114回 米海軍イージス艦を見る(4)戦闘システムの形態管理
第113回 米海軍イージス艦を見る(3)艦橋の更新
第112回 米海軍イージス艦を見る(2)戦闘システムの更新
第111回 米海軍イージス艦を見る(1)「変わるもの」と「変えてはいけないもの」
第110回 電子戦とIT(10)蔵出し写真館・艦艇編
第109回 電子戦とIT(9)蔵出し写真館・飛行機編
第108回 電子戦とIT(8)電子戦装置の自動化
第107回 電子戦とIT(7)艦艇の電子戦装備
第106回 電子戦とIT(6)その他の電子戦
第105回 電子戦とIT(5)自衛用電子戦装備
第104回 電子戦とIT(4)ECCM
第103回 電子戦とIT(3)ECMとCOMJAM
第102回 電子戦とIT(2)脅威ライブラリ
第101回 電子戦とIT(1)電子戦とはなんぞや
第100回 水中戦とIT(9)ソノブイ・オペレーション
第99回 水中戦とIT(8) 潜水艦の目標運動解析(2)
第98回 水中戦とIT(7) 潜水艦の目標運動解析(1)
第97回 水中戦とIT(6)港湾警備・ダイバー探知
第96回 水中戦とIT(5)嫌らしい機雷
第95回 水中戦とIT(4)機雷戦その2
第94回 水中戦とIT(3)機雷戦その1
第93回 水中戦とIT(2)魚雷避けに関するいろいろ
第92回 水中戦とIT(1)水中戦とは?
第91回 艦艇のシステム化(6)タンクと電子制御
第90回 艦艇のシステム化(5)フネの中における通信手段
第89回 艦艇のシステム化(4)ズムウォルト級とTSCE-I
第88回 艦艇のシステム化(3)省人化とダメコン
第87回 艦艇のシステム化(2)指揮管制装置とは
第86回 艦艇のシステム化(1)システム艦とは
第85回 射撃管制(6)対地・対艦ミサイル
第84回 射撃管制(5)対空ミサイル
第83回 射撃管制(4)砲兵に特有の事情
第82回 射撃管制(3)機関銃・機関砲・火砲その3
第81回 射撃管制(2)機関銃・機関砲・火砲その2
第80回 射撃管制(1)機関銃・機関砲・火砲その1
第79回 相互運用性(5)相互運用性実現の足を引っ張るのは?
第78回 相互運用性(4)物資補給の相互運用性
第77回 相互運用性(3)情報システムの相互運用性
第76回 相互運用性(2)通信分野の相互運用性
第75回 相互運用性(1)相互運用性とは
第74回 不正規戦とIT(8)NATOが演習にソーシャル・メディアを取り込む
第73回 不正規戦とIT(7)国境線の侵入監視や港湾警備
第72回 不正規戦とIT(6)不正規戦と電子戦
第71回 不正規戦とIT(5)コミュニケーションに翻訳ツール
第70回 不正規戦とIT(4)民心掌握とIT
第69回 不正規戦とIT(3)通信を利用した追跡・捕捉
第68回 不正規戦とIT(2)コミュニケーション手段としてのIT
第67回 不正規戦とIT(1)宣伝戦とインターネット
第66回 衛星携帯電話も使いよう
第65回 個人用装備のIT化(5)無線機をめぐる話・いろいろ!?
第64回 個人用装備のIT化(4)個人用武器の精密誘導化
第63回 個人用装備のIT化(3)個人用情報端末機器のあれこれ
第62回 個人用装備のIT化(2) 個人レベルの通信網はどうするか
第61回 個人用装備のIT化(1) 個人レベルの情報武装
第60回 サイバー防衛(8) ソーシャル・エンジニアリング
第59回 サイバー防衛(7) サプライチェーンという戦場
第58回 サイバー防衛(6) オープンな場も戦場になる
第57回 サイバー防衛(5) 弱者の最強兵器
第56回 サイバー防衛(4) アクティブ・ディフェンス
第55回 サイバー防衛(3) 攻撃手段いろいろ
第54回 サイバー防衛(2) サイバー攻撃の動機・手段・内容
第53回 サイバー防衛(1) サイバー攻撃・サイバー防衛とは
第52回 軍事におけるシミュレーションの利用(6) 負傷者治療の巻
第51回 軍事におけるシミュレーションの利用(5) 計測とデブリの巻
第50回 軍事におけるシミュレーションの利用(4) 海の巻
第49回 軍事におけるシミュレーションの利用(3) 陸の巻
第48回 軍事におけるシミュレーションの利用(2) 空の巻
第47回 軍事におけるシミュレーションの利用(1) RDT&Eの巻
第46回 情報活動とIT(6) 情報戦とサイバー戦
第45回 情報活動とIT(5) 情報資料の配信と利用
第44回 情報活動とIT(4) 情報を管理するためのシステムに求められる課題
第43回 情報活動とIT(3) ELINT・COMINT・SIGINT
第42回 情報活動とIT(2) 画像情報のデジタル化
第41回 情報活動とIT(1) なぜ情報活動が必要か
第40回 軍艦・海戦とIT (6) 艦艇の設計・建造とIT
第39回 軍艦・海戦とIT (5) ダメージコントロール
第38回 軍艦・海戦とIT (4) ウェポンシステムとオープンアーキテクチャ
第37回 軍艦・海戦とIT (3) データリンクによるネットワーク化
第36回 軍艦・海戦とIT (2) 艦内ネットワークの整理統合
第35回 軍艦・海戦とIT (1) システム艦ってなに?
第34回 警戒監視体制の構築とIT(6) IT化と人手の使い分け
第33回 警戒監視体制の構築とIT(5) 宇宙空間とサイバー空間
第32回 警戒監視体制の構築とIT(4) 陸の警戒監視
第31回 警戒監視体制の構築とIT(3) 海の警戒監視
第30回 警戒監視体制の構築とIT(2) 空の警戒監視
第29回 警戒監視体制の構築とIT(1) 警戒監視とITの関わり
第28回 指揮統制・指揮管制とIT(4) : 関連する要素技術とまとめ
第27回 指揮統制・指揮管制とIT(3) 軍艦の戦闘指揮所
第26回 指揮統制・指揮管制とIT(2) 特定任務分野の指揮管制
第25回 指揮統制・指揮管制とIT(1) 戦略・作戦レベルの指揮統制
第24回 陸戦とIT(6) 兵站業務とIT活用
第23回 陸戦とIT(5) 地雷やIEDの探知もハイテク化
第22回 陸戦とIT(4) IT化と電源の問題
第21回 陸戦とIT(3) 陸戦と通信網
第20回 陸戦とIT(2) 陸戦兵器の精密誘導化
第19回 陸戦とIT(1) 陸戦における状況認識
第18回 UAVとモジュラー設計
第17回 UAVによる映像情報の収集とデータ処理
第16回 無人戦闘機は実現可能か?
第15回 UAVと有人機の空域共有問題
第14回 武装UAVのオペレーション
第13回 無人偵察機(UAV)に関する基本と武装化の経緯
第12回 Build a Little, Test a Little and Learn a Lot
第11回 イージス・アショアとモジュール化と相互運用性
第10回 ミサイル防衛に必要な通信網とネットワーク化交戦
第9回 イージス艦のベースラインと能力向上
第8回 イージス艦とはそもそも何か
第7回 弾道ミサイル防衛とC2BMC
第6回 F-35ライトニングIIの操縦システム
第5回 F-35ライトニングIIの兵站支援
第4回 F-35ライトニングIIのソフトウェア
第3回 F-35ライトニングIIとネットワーク中心戦
第2回 F-35ライトニングIIの"眼"
第1回 F-35ライトニングIIは何が違う?

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