今回のお題は、電子戦というと真っ先に思い浮かべるであろう「妨害」である。業界用語でいうところのECM(Electronic Countermeasures)だ。最近ではEA(Electronic Attack)という言葉も使われている。

レーダーの妨害

ECMによる妨害の対象には「レーダー」と「無線通信」があるが、ECMという言葉を使うのは主として前者である。後者を妨害する場面はCOMJAM(Communication Jamming)という。jamといってもイチゴジャムとは関係なくて、「麻痺させる」「動かなくする」という意味の方だ。そういえば、自動小銃や機関銃の弾詰まりもジャムという。

閑話休題。レーダーを妨害する方法は、いくつか考えられる。

■贋の反射波を送り返して欺瞞する方法
■本来の反射波よりも強力な電波を出して、力任せに目潰しを仕掛ける方法


前者の場合、贋の反射波は本物の反射波と同じ周波数や変調を行わなければならない。そうしないと妨害対象のレーダーが騙されてくれない。だから、妨害を仕掛ける前に、妨害対象のレーダー機器が発する電波について、きちんと情報を収集しておく必要がある。

それに加えて、妨害電波を送信するタイミングも計らなければならない。相手のレーダーが発信していないのに妨害電波だけ出しても、藪蛇である。だから、贋の反射波を使って妨害する方法は、うまくいけば効果的だが、実現するのは難しい。

それを人手に頼って実現するのは限界がありそうだから、敵のレーダーが発する電波の受信~解析~妨害まで、コンピュータ制御で自動的にやる方が確実ではないだろうか。ただし、それを開発してテストするのは簡単な仕事ではない。

それと比べると、強力な妨害電波をぶちかまして目つぶしを食わせる方法の方が、分かりやすい力業であり、実現しやすそうに見える。しかし、これはこれで考えなければならない問題がある。

レーダーが送信する電波の周波数は、いわゆる周波数帯の中のごく一部、狭い範囲でしかない。そこを狙って、特定の周波数帯に的を絞った妨害電波を発するのがスポット・ジャミングである。それに対して、敵のレーダーが使いそうな周波数帯に対して、広く投網をかけるようにして妨害電波を発するのがバラージ・ジャミングである。

スポット・ジャミングを仕掛けるには、敵レーダーが使用している電波の周波数を調べなければならない。だから、まず敵レーダーが作動しており、かつ、それを解析できる手段が手元にあることが前提になる。その代わり、後述するバーンスルーのような問題は相対的に起きにくくなる。

バラージ・ジャミングは投網をかけるわけだから、敵レーダーが作動していなくても、とりあえず先制妨害を仕掛けることができる。また、いちいち敵レーダーの電波を傍受して解析する手間もかからない。

その代わり、限られた送信出力を広い周波数帯に分散させることになるので、敵レーダーの出力が妨害電波を上回ってしまい、妨害を突破されることもある。これがいわゆるバーンスルーである。また、敵レーダーと探知目標の距離が近い場合にも、反射波が充分な強度を保ったままレーダーのところまで戻っていく可能性が高くなるので、そうなると妨害の効果が薄れてしまう。

通信の妨害

もうひとつの電子戦が、先にも触れた通信妨害(COMJAM)である。こちらもやはり、「力任せの妨害」と「贋電波による妨害」があるが、とりあえず通信が不可能になれば用は足りるので、たいていの場合は力任せの妨害で済みそうだ。

軍事作戦では無線通信に頼る割合が高い。飛行機や艦船は移動しているから無線を使うしかないし、陸戦でもいちいち電線を架設して回るような迂遠な真似はしていられないので、やはり無線が主体になる。そして有線通信と比べると無線通信は妨害されやすい。もちろん傍受もされやすい。

第二次世界大戦中にイギリス軍が、自軍の防空戦闘機を管制するドイツ軍の無線通信を邪魔しようとして、「コロナ作戦」なるものを発動したことがある。単に、ドイツ軍が使用する無線を聴き取れないように妨害するというものではない。

コロナ作戦のキモは、ドイツ軍の通信にイギリス軍の無線手が割り込んで、贋の指令を発するところにある。たとえば、イギリス軍の爆撃機が(南部の)ミュンヘンに向かっているのに、「(北部の)ハンブルクに爆撃機が向かっているから、そちらに行って迎撃せよ」と偽交信をやる。

当然、そういう偽交信が割り込んでくれば、ドイツ軍の管制官は仕事にならなくなる。すると、ときにはこんなことも起きそうである。

(独)「待機中の夜間戦闘機隊に告ぐ。」
  「敵爆撃機がミュンヘンに向かっているので、そちらに向かって迎撃せよ」
(英)「待機中の夜間戦闘機隊に告ぐ。」
  「敵爆撃機がベルリンに向かっているので、そちらに向かって迎撃せよ」
(独)「そうじゃない、行先はミュンヘンだ!!」
(英)「今の指令はイギリス軍が発した贋物だ。敵爆撃機が向かっている先はベルリンだ!!!」
(独)「そうじゃない、贋物はそっちだ!!!!」
(英)「イギリス軍がウソを言っているが相手にするな!!!!!」


と、本当にこんな会話があったかどうかは知らないが、それに近い状況は発生したようである。

これもまあ、一種の電子戦に違いはないのだが、割り込みをかけるには敵軍のそれに周波数や変調方式を合わせた無線機を用意しなければならないし、敵軍の無線交信規則や言葉遣いも承知しておく必要があるので、実際にこういう作戦をやるのはハードルが高い。もちろん、敵軍の言語を流暢に操れなければ話にならない。

ちなみに、電子戦ではなく情報戦(IO : Information Warfare)の範疇に属する話だが、実際には存在しない味方部隊のふりをして贋の通信を発することで、いないはずの部隊がいるように見せかける「偽電作戦」という手口がある。本物はどこか別の場所で重要な任務に就いていて、それを隠蔽しようとしたときに使う手だ。

執筆者紹介

井上孝司

IT分野から鉄道・航空といった各種交通機関や軍事分野に進出して著述活動を展開中のテクニカルライター。マイクロソフト株式会社を経て1999年春に独立。「戦うコンピュータ2011」(潮書房光人社)のように情報通信技術を切口にする展開に加えて、さまざまな分野の記事を手掛ける。マイナビニュースに加えて「軍事研究」「丸」「Jwings」「エアワールド」「新幹線EX」などに寄稿しているほか、最新刊「現代ミリタリー・ロジスティクス入門」(潮書房光人社)がある。