以前に第67回で、テロ組織や武装組織の類がインターネット、とりわけSNS(Social Networking Service)を宣伝戦に活用している、という話を取り上げた。この話、とうとう正規軍でも無視できない話になってきている。

"ARRCade Fusion" 演習

NATOでは、紛争などの緊急事態が突発する事態に備えて、ARRC(Allied Rapid Reaction Corps)という即応司令部を設置している。

直訳すると「聯合緊急対応軍団」だが、軍団、つまり万単位の規模で部隊を展開するわけでもないので、「聯合緊急対応部隊」と訳す方が適切かも知れない。要は、紛争が発生したときに駆けつけて「火消し」を行う、常設の即応司令部を設けているわけだ。

そのARRCは毎年、指揮所演習(CPX : Command Post Exercise)を実施している。実際に部隊を野外に出して動かす演習ではなく、指揮官やそれを補佐する幕僚が指揮所に詰めて、架空のシナリオの下で指揮下の部隊を動かす指令を発する、という演習だ。

もちろん、すべて脚本通りに動いたのでは演習にならないから、さまざまな偶発的な出来事が盛り込まれているはずである。近年のCPXではコンピュータが相手役を務めて、敵対勢力の動きを司ることもある。

そのARRCの年次CPX "ARRCade Fusion" において、新手のアイテムが登場した、というのが今回の話の本題。それは何かというと、「テロ組織のような非政府主体(non-state actor)がソーシャル・メディアを駆使した宣伝戦を展開する」という話が、演習のシナリオに取り込まれたという話である。

具体的に何をしたのかというと、"Twitterもどき" のミニブログ "Critter" を演習に持ち込んだ。もちろんそれだけでなく、テレビ、ラジオ、印刷物といったメディアもシナリオに組み込まれているのだが、そこにSNSが加わったところが新しい。

そのきっかけとなったのは、いわゆるイスラム国(IS : Islamic State)がソーシャル・メディアを活用している一件ではないかと推察される。もっとも、この手の演習は事前の準備にそれなりに時間がかかるから、もっと前からSNSを取り込む構想はあったかも知れない。

SNSで何をしたのか

では、その架空のソーシャル・メディア "Critter" は、演習の中でどのように用いられたのか。

たとえば、贋情報の配信や情報のリークがある。実際の戦争や紛争でもそうだが、ネタに飢えている新聞・テレビ・通信社などの関係者は、「当事者がソーシャル・メディアで発信した情報」というと飛びついてしまう可能性がある。

実際、近年ではさまざまな事件に際して「ソーシャル・メディアでこんな話が流された」といって新聞記事やニュース番組などで取り上げられることがよくある。

それを逆手にとれば、贋情報やリーク情報を流して敵対勢力を攪乱することができる。つまり、交戦中の敵軍をあらぬ方向に向かわせたり、実際には存在しない「我が組織の首領」に対する航空攻撃が行われるように仕向けたり、といったことができるのではないかという話だ。

これは、対反乱戦を展開する正規軍の指揮官からすると、かなり由々しき事態である。そこで、そういった状況を盛り込んだ演習を実施して、どのように対処するのが良いかを検討したり、実際に演練したり、といった話が必要になるわけだ。

なにもSNSの利用や取り込みに限らず、不正規戦・対反乱戦全体にいえることだが、敵対する相手方は正規軍の軍人と同じモノの考え方をするとは限らない。むしろ、正規軍の軍人にありがちな考え方を踏まえた上で、その裏をかいてくる可能性の方が高いのではないか。

と考えると、演習に際してSNSで贋情報やリーク情報を流す「仮想敵」にも、テロ組織や武装組織のメンバーみたいなマインド・セットを身につけることが求められるかも知れない。

野戦演習(FTX : Field Training eXercise)ではなく、"ARRCade Fusion" みたいなCPXであれば、演習環境そのものは紙とコンピュータの上で実現できる。しかし、そこで敵役を演じるには、生身の人間、あるいは生身の人間のモノの考え方を反映させたプログラムが必要だ。

敵対勢力が、正規軍の軍人と比べると融通無碍な考え方で柔軟な攻撃を仕掛けてくることが多い対反乱戦・不正規戦の分野では、型にはまった考え方や対処だけをしていると、きっとうまくいかないはずである。

それだからこそ、イラク戦争がピークを迎えていた時期の米陸軍では、在米イラク人を雇い入れて演習場に送り込み、「生身のイラク人」を相手にしてどう接するかを訓練していたのではないか。

また、正規軍の軍人にとっては従来以上に、マスメディアやソーシャル・メディアをうまく活用して、自らに有利な状況に持って行く工夫をする努力が求められると考えられる。指揮官だけにその責を負わせるのはきつい話だから、メディア対策担当・メディア情報担当の幕僚を置くぐらいで、ちょうど良いのかも知れない。

執筆者紹介

井上孝司

IT分野から鉄道・航空といった各種交通機関や軍事分野に進出して著述活動を展開中のテクニカルライター。マイクロソフト株式会社を経て1999年春に独立。「戦うコンピュータ2011」(潮書房光人社)のように情報通信技術を切口にする展開に加えて、さまざまな分野の記事を手掛ける。マイナビニュースに加えて「軍事研究」「丸」「Jwings」「エアワールド」「新幹線EX」などに寄稿しているほか、最新刊「現代ミリタリー・ロジスティクス入門」(潮書房光人社)がある。