製品や技術を開発した当事者にとっては「そういうつもり」はなかったとしても、後になって想定外の利用方法を思いつく人が出るのは、さまざまな分野で見られる話である。それだからこそ、既存の民生品を軍事転用するCOTS(Commercial Off-The-Shelf)みたいな話が出てくる。
ということで、前回はテロ組織や武装組織がインターネット、とりわけWebサイトやSNS(Social Networking Service)を宣伝戦のツールとして活用しているという話を取り上げたのだが、別の使い方も考えられる。
インターネットという連絡手段
個人、あるいは数人規模のグループならともかく、それなりの規模を持ち、広いエリアに展開して活動する「組織」になってくると、構成員同士を結ぶ連絡手段が重要になる。通信が重要な役割を果たしているのは、何も正規軍に限った話ではない。
ところが、自前で通信インフラを構築して持ち歩ける正規軍と異なり、テロ組織やその他の武装組織、あるいは反政府組織の類が、自前で通信システムを開発・配備・運用するというのは、どう見ても現実的な話ではない。既存の民生用通信インフラを活用せざるを得ないのが実情だ。
昔であれば、郵便や電話を使うところだが、当然ながら取り締まる側もそういう事態は想定するものだ。したがって、法執行機関による通信傍受を合法化するための法律を作ろう、という話があちこちの国で出てくるわけだ。また、手紙の内容を検閲するという昔ながらの手法もある。
といったところでインターネットの出番となる。もちろん、インターネットだって通信事業者が運営するインフラを使って実現しているところは電話網と同じだが、電話線や端末機(と、そこに割り当てられた番号)といった形で足がつきやすい電話網と比較すると、同じユーザーがさまざまな手段を使い分けて接続できるインターネットの方が、足がつきにくくなる可能性があると考えられる。
また、国外との通信についても実現しやすいし、利用に際してのコストが低いというメリットは無視できない。
もちろん、その辺の事情は国によって異なる。海外とのインターネット接続を禁止、あるいは制限している国は現に存在するし、特定のWebサイト、あるいはサービスを利用禁止にしている国もある。ただ、そうした制約をかいくぐり、インターネットをコミュニケーション手段として活用する事例も、また多い。
暗号化をめぐる当局との角逐
インターネットを介するデータ通信の利点として、暗号化を行いやすい点が挙げられる。
当然のことながら、紙の手紙や電話であっても、平文で書いたり喋ったりしないで、隠語を使ったり、パッと見には普通のやりとりに見える文面に言い換えたり、といった手法を用いることはできる。
しかし、それには隠語や言い換えについて、事前にルールを取り決めて、関係者の間に周知徹底しておかなければならないという制約要因がある。その点、コンピュータとインターネットを組み合わせて暗号化通信を行うのであれば、鍵の作成・管理さえきちんとやれば、容易な操作で暗号化通信が可能だ。
もちろん、そのことは国の治安部門・法執行機関・情報機関にとっても「百も承知」の話だから、対抗措置、あるいは何らかの規制を講じてくるのは当然と思わなければならない。
現実問題として、たとえばフォート・ミード、つまり米国家安全保障局(NSA : National Security Agency)が、自らが解読できないようなレベルの暗号化製品が出回る事態を認めるとは思えない。いいかえれば、我々が普通に入手できる暗号化製品は、フォート・ミードの手にかかれば解読可能なレベルのものである、と考える方が無難だろう。
それでも、フォート・ミードで解読可能だから他国の情報機関や法執行機関すべてで解読可能、と決まっているわけではないし、暗号化製品の流通や輸出に関する規制について、国ごとにいくらかの温度差が生じることもあり得る。もちろん、緩い方向にだけ温度差が生じるとは限らないから、アメリカ以上に厳しい規制を敷く国だってあるだろうが。
ただし暗号化製品の規制で難しいのは、「悪用を防がなければならない」という要求がある一方では、「経済行為などを支えるインフラとして、信頼できる暗号化製品・暗号化技術が必要」という要求も存在することだ。
たとえばの話、ネットバンキングや電子政府といったサービスを国民が広く利用しようとすれば、信頼できる暗号化技術・暗号化製品を誰でも利用できる状況になっていなければ話にならない。「いざというときは当局が解読できる」と「普通の国民が安心して使えるレベルの強度は必要」の間で最適なバランス点、落としどころを見つけるのは、簡単な仕事ではない。
こういった対立因子というか、矛盾は不可避だから、暗号化技術や暗号化製品が悪い奴らに悪用される事態を完全に阻止するのは難しい。そこに、つけ込まれる隙があるといったら言い過ぎだろうか。
執筆者紹介
井上孝司
IT分野から鉄道・航空といった各種交通機関や軍事分野に進出して著述活動を展開中のテクニカルライター。マイクロソフト株式会社を経て1999年春に独立。「戦うコンピュータ2011」(潮書房光人社)のように情報通信技術を切口にする展開に加えて、さまざまな分野の記事を手掛ける。マイナビニュースに加えて「軍事研究」「丸」「Jwings」「エアワールド」「新幹線EX」などに寄稿しているほか、最新刊「現代ミリタリー・ロジスティクス入門」(潮書房光人社)がある。