前回は軍艦の艦内ネットワークについて取り上げた。もちろん、艦の外部、あるいは内部に設置しているさまざまなセンサーやコンピュータをネットワーク化して互いに連接させることは重要だが、それだけでなく、艦同士、あるいは艦と航空機など、異なるプラットフォーム同士を連携させることも重要である。なぜか。

一隻の艦でカバーできることには限りがある

例えば、捜索・探知・追尾という場面ひとつとっても、一隻の艦でできることには限界がある。大きな理由は、地球が丸いことである。

地球が丸みを帯びているということは、水平線より先の状況は分からないということである。それをカバーするために、見張所でもレーダーでもできるだけ高い位置に設置するようにしているが、それとて限界はある。また、軍艦は商船以上に高い復元性が求められるので、大きなレーダーを高所に設置して重心が上がるのは、あまり好ましい話ではない。

これは交戦についてもいえることで、一隻の軍艦でカバーできる範囲には限界がある。もちろん、搭載する火砲やミサイルの射程という制約要因もあるが、射程を伸ばしても、それに見合った目標探知能力がなければ始まらない。長い槍を持っていても、それをどこに指向すべきかが分からなければ役に立たないのだ。

実際の海戦では単艦行動ということは少なく、複数の艦が艦隊を構成することが多い。それであれば、艦隊を構成する複数の艦が広い範囲に散開することになるので、それぞれの艦でカバーできる範囲を組み合わせれば、艦隊全体としてカバーできる範囲は広くなる。空母と早期警戒機が加わればなおのことだ。

ただし、そこで問題が生じる。艦隊を構成する複数の艦同士で、いかにして情報を共有するかという課題だ。目視でもレーダーでも、何かを探知して報告を上げてくるのは結構なことだが、その情報が迅速かつ適切に伝わるかどうか、集まってきた探知・接敵報告の山に溺れてしまうようなことがないか、というところが問題だ。

特に、経空脅威、つまり航空機やミサイルによる攻撃は速度が速いので、その分だけ対処行動をとるために使える時間が限られる。アタフタしている時間的余裕はない。

データリンクによる情報共有

その問題を解決するために登場したのが、データリンクによる情報共有である。

つまり、個々の艦や航空機から口頭で上がってきた報告を基に、指揮官が頭の中で状況を組み立てるのではない。探知データをデータ通信網によって送り出し、コンピュータ(戦術情報処理装置という)に取り込んでとりまとめる。そのデータを、艦隊を構成する艦同士、あるいはそこに加わる航空機との間で共有するという考え方だ。

ただ、この発想が米海軍で登場・具現化したのは、なにせ1960年代の話である。まだ情報通信技術が現代ほど発達しておらず、コンピュータはトランジスタ世代、通信網も大した伝送能力はなかった。それでも、口頭で報告を上げたり情報を伝達したりするよりはマシである。

米軍が1961年に導入したデータリンクがLink 11で、NTDS(Naval Tactical Data System)やATDS(Airborne Tactical Data System)といった戦術情報処理装置と組み合わせて使用する。伝送能力は、HF/UHF使用時で1,364bps、UHF使用時で2,250bpsと、大昔のアナログモデム並みだ。

伝送速度が遅いのは、時代を考えると致し方ないが、むしろネットワーク構成の方が問題だったかもしれない。

Link 11のネットワークに参加する艦をPU(Participating Unit)という。動作モードのひとつにロール・コール・モードがあり、PUのうちひとつが統制艦(NCS : Net Control Station)となって、他のPU(NPS : Net Picket Station)を順番に呼び出してデータを送信させる。ということは、統制艦がやられると、別のPUを統制艦に指定して再構築しない限り、Link 11のネットワーク全体が崩壊してしまう。

では、双方向通信だとどうなるかというと、参加できるPUの数が、通常は20程度、最大でも62と少ない。このほか、特定のPUが他のPUに対して一方通行でデータを送りつけるブロードキャスト・モードがあり、EMCON(Emission Control、電波放射管制)状況下で使用する。

また、NTDSのような戦術情報処理機能とLink 11を持たない艦に対して、NTDS装備艦からデータを送り出す手段としてLink 14があった。テレタイプを使った文字列データの形で情報を送信するもので、伝送速度は75bps(!)だ。

艦艇と航空機の間でデータ通信を行う手段としてはLink 4があり、UHFで時分割多重(TDM : Time Division Multiplex)方式を使って伝送速度5,000bpsの通信を行う。

こういった「神代の時代のデータリンク」は、もちろん音声通信に頼るよりも効率的な状況把握や指揮管制を可能にするものの、まだまだ不満足なものであったといえる。そこで、対象を海軍に限定せず、陸・海・空で共用できるデータリンクとして開発したのが、Link 16である。

これが、日本を含めた、現在の西側諸国の標準になっている。そのLink 16で使用する端末機のひとつにJTIDS (Joint Tactical Information Distribution System)があることから、「JTIDS=Link 16」とみなされることも、間々ある。しかし厳密にいえば、Link 16というデータリンクの仕組みがあり、そこで使用する端末機のひとつがJTIDSという関係だ。

Link 16ではUHFと周波数ホッピング通信の組み合わせで通信を行っている。周波数ホッピングの導入により、傍受や妨害に対する耐性を高めた。やりとりするデータについてもフォーマットを規定してあるので、その範囲内であれば、多様な情報のやりとりが可能になっている。Link 11みたいな「統制艦」という概念はないので、特定の艦が被害を受けてもネットワークは崩壊しない。

そして、ネットワークに参加するプラットフォーム(JU : JTIDS Unitという)に対して、個別に通信のためのタイム・スロットを割り当てる。つまり時分割多元接続(TDMA : Time Division Multiple Access)で、複数のJUが一度に「喋り出して」収拾がつかなくなることがないように、順番に喋らせるようになっている。

Link 16でデータ通信を行う際の伝送速度は、31.6kbps・57.6kbps・115.2kbps・238kbpsのいずれかとなっている。後に、1.137Mbpsのモードも加わっているようだ。これでも遅く感じられるが、文字ベースの戦術情報をやりとりする程度なら、なんとかなる。

前述したように、Link 16は陸・海・空の統合データリンク規格だから、例えば空軍の早期警戒機が探知データをLink 16経由で地対空ミサイル部隊に送るとか、艦隊の戦術情報処理装置で把握した彼我の状況データを友軍の戦闘機に送るとかいった使い方が可能である。それに対応するための、端末機と情報処理機材が必要になるのはいうまでもないが。

執筆者紹介

井上孝司

IT分野から鉄道・航空といった各種交通機関や軍事分野に進出して著述活動を展開中のテクニカルライター。マイクロソフト株式会社を経て1999年春に独立。「戦うコンピュータ2011」(潮書房光人社)のように情報通信技術を切口にする展開に加えて、さまざまな分野の記事を手掛ける。マイナビニュースに加えて「軍事研究」「丸」「Jwings」「エアワールド」「新幹線EX」などに寄稿しているほか、最新刊「現代ミリタリー・ロジスティクス入門」(潮書房光人社)がある。