前回は、センサー・指揮管制・武器といった各種サブシステムを連接させて一体のものとして動作させる、いわゆる「システム艦」の話について書いた。

ところが、単に「連接させる」と書くだけなら簡単だが、それを実現するには物理的な接続手段が要る。そうなると新たな課題が生じる。

軍艦の内部はネットワークだらけ

ウェポン・システムを構成するさまざまなサブシステムを連接するには、物理的な接続手段が必要になる。つまりネットワークの回線である。しかしそれだけでなく、他の分野でも艦内ネットワークを必要とする場面は増える一方だ。

例えば、ダメージ・コントロールである(これについては追って取り上げる予定だ)。軍艦たるもの、戦闘で被害を受けることを前提とした設計にしておかなければ仕事にならないが、その一環として、被害状況の把握や、それへの対処といった話が出てくる。行き着くところは人海戦術ということになりがちなのだが、可能なところはシステム化、自動化したい。

そうなると、これまたセンサーや各種の機器を艦内各所に設置してネットワーク化、という話が出てくる。例えば、火災や浸水の発生をセンサー網で把握したり、自動消火装置を作動させる指令を出したり、といった具合だ。

このほか、福利厚生の一環として、あるいは業務効率化のために、乗組員がそれぞれ自前のパソコンを持ち、艦内ネットワークを通じて情報システムにアクセスしたり電子メールをやりとりしたり、ということになれば、これまたネットワークが必要になる。

そしてもちろん、音声通話のための設備も必要だ。かくして、現代の軍艦の艦内はネットワークだらけということになる。電話と伝声管だけで話が済んでいた時代とは状況が違う。

負荷軽減のためにネットワークを高速化

もちろん、ネットワークの利用が増えれば負荷が増大するから、それだけ高速なネットワークが必要だ。といって、軍艦のために専用のネットワーク規格を開発・配備したのでは費用も時間もかかる。既存の民生技術で都合のいいものがあれば、それを使う方が楽である。

その一例が、米海軍のアーレイ・バーク級イージス駆逐艦で導入を開始したギガビット・イーサネット網、AN/USQ-82(V) GEDMS(Gigabit Ethernet Multiplex System)である。これ、主契約社は意外なことに(?)ボーイング社である。飛行機のイメージが強い会社だが、実は情報システムやサイバー・セキュリティの分野にも力を入れているのだ。

と、それはともかく、当節の軍艦ならこれぐらいの高速ネットワークは要るという話である。まず艦内にネットワークと情報システムを整備する。それが無線通信や衛星通信を通じて外部とつながり、米海軍の基幹情報網であるForceNetを通じて、最終的には米軍全体をカバーする基幹情報網・GIG(Global Information Grid)につながるわけだ。

ギガビット・イーサネットを使用しているのは、2013年11月に進水した米海軍の新型駆逐艦「ズムウォルト」も同じだ。こちらはレイセオン社を主契約社として、全艦のさまざまなシステムを単一のコンピュータ・インフラとして統合化する、TSCE-I(Total Ship Computing Environment Infrastructure)というコンピュータ・インフラを導入している。

だから、センサーも武器管制もダメージ・コントロールも通信もその他諸々も、みんな、このTSCE-Iに組み込まれている。ちなみに、そこで使用しているのが、LynuxWorks社製のLynxOSというリアルタイム版Linuxである。

奇怪な(?)外見に目を奪われがちな「ズムウォルト」だが、この艦のポイントのひとつは、全艦をカバーするコンピューティング環境を整えようとしている点である(出典 : NAVSEA)

ネットワークの整理統合

最初からそのつもりで設計しているズムウォルト級のTSCE-Iはともかく、それ以前からある艦の場合、新しい機能を付け加える度にネットワークやコンピュータが加わり、艦内がカオスと化す状況にある。

一般企業でも似たようなところがあるだろう。もともと内線電話があり、コンピュータの導入でLANが加わり、無線LANまでつながり……などとやっているうちに、さまざまなネットワーク、さまざまなコンピュータ、さまざまなアプリケーションが入り乱れてしまうという状況が。

ということで米海軍では、ノースロップ・グラマン社を主契約社として、CANES(Consolidated Afloat Networks and Enterprise Services)の導入を進めている。早い話が、ネットワークとコンピュータ・システムの整理統合である。すでに全規模量産(FRP : Full Rate Production)に入るところまで開発が進んでいて、導入済みの艦も出てきている。

単純に理想をいえば、データ通信も音声もすべてTCP/IP化してユニファイド・ネットワークに載せてしまえば話は簡単である。実際、最近の軍艦の中には音声電話の代わりにIP電話を載せている艦もある(電話機にIPアドレスを書いたシールが貼ってあったのでIP電話と判明した !)。

ただしそこで注意しないといけないのが、セキュリティ(これは誰でも思いつく)だけでなく、リアルタイム性の問題。ことに武器管制の分野では、リアルタイム性は重要な要素である。「3.5秒後にミサイル発射」といったら、ちゃんと3.5秒後にミサイルを撃ってくれないと、指揮管制システムや射撃管制システムが計算した通りの交戦ができない。

だから、単にネットワークを整理統合するだけでなく、このリアルタイム性の問題みたいに、満たすべき要件を洗い出して、かつ、それを実現しなければならない。単純に「既存の民生品や民生用技術を使えば安上がりで低リスク」というだけでは済まないかもしれないのだ。難しいところである。

執筆者紹介

井上孝司

IT分野から鉄道・航空といった各種交通機関や軍事分野に進出して著述活動を展開中のテクニカルライター。マイクロソフト株式会社を経て1999年春に独立。「戦うコンピュータ2011」(潮書房光人社)のように情報通信技術を切口にする展開に加えて、さまざまな分野の記事を手掛ける。マイナビニュースに加えて「軍事研究」「丸」「Jwings」「エアワールド」「新幹線EX」などに寄稿しているほか、最新刊「現代ミリタリー・ロジスティクス入門」(潮書房光人社)がある。