先に、「陸戦とIT」の一例として、彼我の位置情報を把握・追跡する機能について取り上げた。その流れで、今度は指揮統制・指揮管制の話について取り上げてみよう。現代戦には不可欠で、かつ、コンピュータと通信網がなければ実現できない機能の一例だ。

軍事組織とC4I

軍事組織を単なる暴力集団と峻別する最大の要素は、指揮・統制の有無である。つまり、国家のトップに位置する国家指揮権限者(NCA : National Command Authority)の指揮下で動いており、「やれ」といわれたら武力を行使するし、「やめろ」といわれたら直ちに武力行使を止める。それができなくて、好き勝手に武力を行使するようなことになれば、国民は安心して国の護りを委ねることができない。

そこで関わってくる要素を総称した業界用語が、C3Iである。以下の頭文字をとったものだ。

  • 指揮 : Command
  • 統制 : Control
  • 通信 : Communications
  • 情報 : Intelligence

指揮・統制を実際に行き渡らせるには通信手段が必要だから、これは欠かせない。また、指揮・統制の際に意志決定を行うには、その土台となる情報資料が必要になるので、それも要素に加わる。

近年ではさらに、コンピュータ(Computer)を加えて「C4I」というのが一般的になった。つまり、軍隊を支える重要な要素は通信であり、コンピュータであり、そこで扱う情報であるということだから、「軍事とIT」に相応しいテーマといえるわけだ。

ちなみに、「指揮統制」という言葉に加えて「指揮管制」という言葉も出てくる。「統制」も「管制」も英語ではControlで同じなのだが、日本語訳が二種類あるわけだ。「指揮統制」は人や組織が対象で、「指揮管制」は武器が対象、と考えれば、そう間違いはないだろう。本連載では、この基準に則って言葉を使い分けていくことにする。

戦略レベルの指揮統制

戦略レベルというと「何のことか」と思われそうだが、要は国家指揮権限者や軍のトップが関わるレベル、と考えていただければよい。その場合、最前線の個別の部隊の状況まで、いちいち情報を上げることは多くないだろう。

オサマ・ビン・ラディンの隠れ家を急襲したときには、大統領を初めとする国家首脳のところにリアルタイムで「実況」を行ったが、これは作戦の重要性が高かったためで、どちらかというと例外だ。

筋論からすれば、国家指揮権限者や軍のトップは現場の細かい話にいちいち口を出すのではなく(それをやるとマイクロマネージメントになる)、大局的な見地からモノを考える方が大事である。となれば、戦略レベルの指揮統制システムは、それを支援するための機能を提供できなければならない。

軍事作戦でも企業と同様に組織階梯があり、トップの指示は組織階梯を通って現場まで伝わっていく。トップは「目指すべき方向」や「達成すべき目標」を指示するとともに、必要な資産を現場に与える。現場はそれを受けて、具体的な作戦計画を立てて、それを個別の部隊に割り当てる。割り当てを受けた部隊指揮官は、与えられた目標と資産を使って任務を遂行する。こうした流れの過程で、話が段階的に細かくなっていく。

逆に、現場からの報告は組織階梯を通ってトップに上がる。ただし、生の情報がそのままトップに上がるのではなく、情報担当者による評価・整理・分析というプロセスを経て、状況の判断や意志決定に必要な「情報資料」の形になる。

そして、こうしたプロセスを支援するのが通信網やコンピュータであり、戦略レベルの指揮統制システムというわけだ。だから、軍事作戦に関わる部分では、全体的な戦況、利用可能な資産(部隊や装備や物資)の全体像などといった情報をとりまとめて、提示できるようにする必要がある。もちろん、戦域の指揮官との間で、いつでも連絡を取れるようにする必要もある。

また、戦略核兵器を保有している国であれば、核兵器の発射指令を出す手段も必要になる。単に指令が現場に伝わればよいという話ではなくて、指令が本物であることを確認できる手段、贋の指令が入り込むのを阻止する手段も必要になる。もっとも、核兵器に関連するものでなくても、あらゆるレベルの通信において、本物であることの確認や贋物の阻止は必要だが。

戦域・作戦レベルの指揮統制

戦域(theater)とは、軍事作戦を行っている地域全体のことである。その戦域で、実際に軍事力を行使して行うのが作戦(operation)である。例えば、OEF(Operation Enduring Freedom)ならアフガニスタンが対象戦域になり、それを担当する指揮官がいる。

ただし米軍の場合、世界を複数の担任区域(AOR : Area of Responsibility)に分割して、それぞれのAORで陸海空軍・海兵隊の戦力を統括指揮する統合軍(Unified Command)を置いているので、戦域指揮官はその下に位置することになるのだが、それはそれとして。

戦域指揮官の仕事は、国家指揮権限者のミニ版といえるのではないだろうか。つまり、国家指揮権限者は国家全体を見渡しているが、戦域指揮官はそのうち一部の戦域だけを担当する形になる。対象範囲は異なるし、戦域指揮官は軍事的な面に専念する形になるという違いはあるが、それ以外は似ているのではないかという話だ。

もっとも、それは全世界をカバーする外征型の軍隊の場合で、自国が侵略を受けて対処するような場面では、両者の担当範囲は近接すると考えられる。ただし、外交・経済といった要素が関わるのは国家指揮権限者だけだ。

といった話を敷衍すると、戦域指揮官向けの指揮統制システムと国家指揮権限者向けの指揮統制システムは対象範囲が異なるだけで、機能的には似てくるのではないだろうか。

ただし戦域指揮官になると、国家指揮権限者から与えられた「目指すべき方向」や「達成すべき目標」を、具体的に、どういう形の軍事力行使に落とし込むかを判断・決定して実行しなければならないので、より詳細な、現場に近い情報が求められるが。

それには、利用可能な部隊と、それぞれの部隊の状況に関する最新情報が要る。単なる部隊表と配置状況だけではダメで、使える装備の数や稼働状況、人員・装備の損耗状況、物資の状況といった情報が分かっていないと仕事にならない。

執筆者紹介

井上孝司

IT分野から鉄道・航空といった各種交通機関や軍事分野に進出して著述活動を展開中のテクニカルライター。マイクロソフト株式会社を経て1999年春に独立。「戦うコンピュータ2011」(潮書房光人社)のように情報通信技術を切口にする展開に加えて、さまざまな分野の記事を手掛ける。マイナビニュースに加えて「軍事研究」「丸」「Jwings」「エアワールド」「新幹線EX」などに寄稿しているほか、最新刊「現代ミリタリー・ロジスティクス入門」(潮書房光人社)がある。