前回に引き続き、コロンビア大学ビジネス・スクールのエリ・ノーム教授へのインタビューをお送りする。

──オバマ政権になって通信、放送行政の見直しが急ですね。

ノーム教授 オバマ大統領はハーバート法律大学院学生時代の友人であるジェナカウスキー氏をFCC(連邦通信委員会)の委員長に任命しました。新委員長は昨年10月に、「インターネットの中立性確保」に関する新規制方針を提示するとともに、これについてのパブリックコメント募集を開始しました。

同時にすべての国民にブロードバンドアクセスを保証するための「国家ブロードバンド計画」の策定(10年3月中に議会に計画を答申予定)、新聞産業の衰退を受けた「将来のジャーナリズムのあり方」についても国民的議論を進めると表明しています。この中では、これまで複数のメディアをまたいだ保有を禁じてきた「クロス・オーナーシップ」についても検討すると言っております。

──これらの取組みは我々にはたいへん意欲的に見えるのですが、FCCの諮問委員も務める先生はどう評価されていますか。

ノーム教授 私はこれらの政策提言の内容はともかく、審議の進め方には批判的だ。オバマ政権がスタートしてすでに15カ月も経つのに未だに「皆さんのご意見募集」という全米各地での公聴会が続いている。審議の透明性確保も大事だが、はっきりしているのは、これらの政策をどう実施しようと関係者の利害が大きく対立するということなのだ。

たとえば所得の格差や地域間で生じるデジタル情報格差(デジタル・ディバイド)を解消しよう、という理念は立派。しかし、いざ実施となればインフラ投資を引き受けるAT&Tやベライゾンは大変な投資を余儀なくされる。国の補助もあるが採算を度外視するのだから相当な赤字を覚悟しなくてはならない。

一方、グーグルなどプラットフォーマーは、整備された伝送路を使って自由に事業を拡大できる。これは民間企業の経営の柔軟度を奪うものだ。

──この関係でオバマ氏を選挙中から支援し、陣営に人材も送り込んだグーグルとの関係がとりざたされていますね。

ノーム教授 それについて具体的には情報がない。しかし政権が見直しを進めるクロス・オーナーシップの問題も袋小路に入りつつある。かつては、共和党が企業の自由な活動を奨励するために規制を緩和しようとし、民主党側は「メディアの寡占化は民主主義に反する」として反対してきた。

ところが民主党政権になると、危機に陥った新聞産業を救済するためには、彼らに同一営業区域でのテレビ局やラジオ局保有を許そうではないかという議論が出てきた。まあ、新聞社がキー局の筆頭株主である日本のようにしようということだ。

こうした救済対象の新聞社は民主党支持のリベラルな性向が強いから、共和党は「今までの民主党の立場をひっくり返すもので到底承服できない」という立場だ。

こうした中、失業率の拡大に歯止めがかからず、アフガン戦争の出口も見えないためにオバマ政権の支持率が低迷している。最大の目玉法案である健康保険法も成立のめどが立っていない現状では、新たな対決法案を議会に提出する余裕は、ない。だからFCCは「3月末までに成案を」と言うが、現実的には秋の中間選挙結果を見ないと動けないのではないか。それまでは、すべての政策課題が政党間対立の争点となって、一致点を見出すことが難しいからだ。

結局、健康保険法案と同じで、オバマ政権には「大いに語るが、成果は少ない、結果が見えてこない」というフラストレーションが国民の間に高まっているのだ。

──もう一つ、オバマ政権の通信行政を占う上で有線放送大手、コムキャストによるNBCユニバーサル買収を認めるかどうか、という行政判断が注目されますね。

ノーム教授 コムキャストは、水平分業が多いアメリカのテレビ、通信産業業界にあって、コンテンツの製作から配信までのインフラを垂直的に持つ構造になっている。そのシェアは地域によっては70~80%に達するところもあるので市場支配力が強すぎる。

視聴者からすれば、これまで無料で見てきた広告モデルのNBC人気番組が有料の有線放送に移されるのでは、という不安がある。司法省、公正取引委員会での審査が年内いっぱい続くと思うが、この合併劇のそもそもの原因は、NBCの親会社であるGEキャピタルがリーマンショックの金融危機で資本増強を迫られ早急に資金が必要になったということにある。

そうした事情を政府も考慮せざるを得ないから合併そのものは認めるものの、NBCの系列局とコムキャストの有線放送網が重なる地域での企業分割、有料放送についての一定の制限を課すなど何らかの修正を求めることになるだろう。

私は独禁法の専門家でもあるが、アメリカではベライゾンのようにインフラレイヤーと、コンテンツレイヤーを切り離すほうが流れなので、NBCとコムキャストの経営統合が成功 するのは難しい、とみている一人だ。

写真はインタビューを終えてノーム教授と

執筆者プロフィール : 河内孝(かわち たかし)

1944(昭和19)年東京都生まれ。慶應義塾大学法学部卒業。毎日新聞社政治部、ワシントン支局、外信部長、社長室長、常務取締役などを経て2006年に退社。現在、(株)Office Kawachi代表、国際福祉事業団、全国老人福祉施設協議会理事。著述活動の傍ら、慶應義塾大学メディアコミュニケーション研究所、東京福祉大学で講師を務める。近著に『次に来るメディアは何か』(ちくま新書)のほか、『新聞社 破綻したビジネスモデル』『血の政治 青嵐会という物語』(新潮新書)、『YouTube民主主義』(マイコミ新書)などがある。