【あらすじ】
コマガール――。細かい女(ガール)の略。日々の生活において、独自の細かいこだわりが多い女性のこと。細々とした事務作業などでは絶大な力発揮をするが、怠惰な夫や恋人をもつとストレスが絶えない。要するに几帳面で神経質な女性。これは世に数多く生息する(?)そんなコマガールの実態を綴った笑撃の観察エッセイです。

なぜだ。なぜ、またしても洗濯した靴下の大半が片っぽなのだ――。僕はさすがに頭を抱えた。今回はどうしても納得できない。妻のチーを糾弾したい気持ちでいっぱいだ。

以前、この連載の第20回目でも書いたことがあるが、山田家には靴下を洗濯に出すと、そのうちの多くが片っぽ靴下になって返ってくるという奇妙なジンクスがある。我が家の洗濯係であるチーには「靴下は二足で一束」という概念がないのか、あるいはただの不注意なのか、とにかく片っぽ靴下の発生率が異常に高いのだ。

だから僕は、普段から「くれぐれも片っぽ靴下には気をつけてくれ。靴下は二足で一束だから」とチーに何度も念を押している。それにもかかわらず、先日またも同じことが起きた。あれほど口酸っぱく言ったはずなのに、まったく改善の兆しが見えない。

しかも、今回は洗濯前から僕なりのちょっとした工夫も加えていた。今までの僕は靴下を洗濯に出すとき、脱いだ靴下をバラバラにしたまま適当に洗濯籠に放り込むだけだったが、今回は脱いだ靴下をわざわざ二足で一束にまとめた状態にしてから、丁寧に洗濯籠に入れておいた。こうすれば、いざ洗濯する際にチーにもわかりやすいだろう。そしてその結果、片っぽ靴下の悩みも解消できるはずだ。かように、計算していたわけだ。

ところが、現実は厳しかった。そこまで工夫を凝らしても、チーにはまったく効果がなかったのか、またしても洗い終わりの靴下軍団の中に片っぽ靴下が五足もあった。これによって、タンスの中の片っぽ靴下はさらに増加。数えてみたら、ちゃんと二足揃っている靴下よりも多かった。果たして、彼らの相方はいつ戻ってくるのだろう。

そして、それ以上に困っているのが、最近こういった悩みをチーに打ち明けることができなくなったことだ。僕も彼女の夫なのだから、「いいかげん、片っぽ靴下には気をつけてくれ! 」と語気強く注意すればいいのだろうが、その勇気がなかなか湧いてこない。なにしろ、ここ最近の夫婦喧嘩の頻度は尋常じゃないのだ。僕がチーにちょっとクレームを申し立てただけで、その火の粉が一気に大火事につながってしまう危険性がある。

だから今回の件も、チーには黙っておくことにした。人知れずタンスの中に片っぽ靴下をしまい、次の洗濯が終わったときに、もう片方が出てくることを静かに祈るのみだ。

また、それ以外にも、チー本人には怖くて言えないことがいくつかある。中でも代表格が、真夜中のチーの奇行についてだ。一応断っておくが、今から書くチーの行動はすべて本当のことである。脚色や誇張は一切ないことを留意して、読んでいただきたい。

ある日の深夜1時すぎ、チーはいつものようにネット活動を開始した。自身のツイッターやフェイスブックなどに日常の些末な出来事や気づいたことを書き込み、ネット上の友人・知人たちとコミュニケーションをとる。ここまでは、いつもの光景だ。

そして深夜2時になると、チーはそろそろ眠くなったのか、愛犬のポンポン丸を連れて寝室に入った。一方の僕はまだ少し仕事が残っていたので、眠るわけにはいかない。だから、チーに「先に寝てていいよ」とだけ言い残して、書斎にこもることにした。

それから一時間が経過した。ようやく仕事を終わらせた僕は、チーに遅れて寝室に向かった。すると、部屋の中からとっくに寝ているはずのチーの声が聞こえたのだ。 「大好きです、ミス・ハニガン」 「私は親なしっこじゃない。パパとママは生きていて、いつか迎えにくるの」 「お尻は汚いけど心は綺麗だよ、オーバックスさん! 」

勘のいい読者はもうお気づきでしょう。そう、人気ミュージカル『アニー』。チーはなぜか深夜にアニーの台詞を大きな声で練習していたのだ。マジです。僕がこっそり中を覗くと、チーはポンポン丸に向かって上記の台詞を嬉々として発していた。もともとチーは子供のころから『アニー』が大好きだったらしく、オーディションを受けたいと思ったこともあったとは聞いていたが、大人になった今でもその熱は冷めていないようだ。そうじゃないと、深夜にこんな一人練習をしないだろう。

しかし、僕は何も言えなかった。28歳の人妻女性が深夜に一人アニー。そのあまりにシュールな光景に度肝抜かれたというか、とにかく唖然として言葉を失ったのだ。

その他にも、チーにはこういった一人遊びの趣味がある。特にチーがメインパーソナリティーを務める完全自己満足の仮想ラジオ番組『山田千里のしゃべくるキャッスル』は、僕もどう対応していいかわからない不朽の迷作である。

放送は僕とチーが寝静まった夜中に、チーの独断によって突如として開始される。さっきまでベッドで寝ていたはずのチーが、いきなり隣の僕の耳元で「♪やーまだーちさーとのー、しゃべくりキャッスル、ルルルル～♪」と自作のジングル(メロディはご想像にお任せします)を唄い出すのだ。いや、マジなんです。ネタじゃないんです。

それ以降、僕はラジオパーソナリティになりきったチーのワンマンフリートークを小一時間ぐらいは聴かされることになる。その間は、当然寝つけるわけがない。

我が妻のことで恐縮だが、突っ込みどころ満載の変わった女性だと思う。

＜作者プロフィール＞
山田隆道(やまだ たかみち) : 作家。1976年大阪府生まれ。早稲田大学卒業。おもな著作品に『雑草女に敵なし!』『Simple Heart』『阪神タイガース暗黒のダメ虎史』『彼女色の彼女』などがある。また、コメンテーターとして各種番組やイベントなどにも多数出演している。私生活では愛妻・チーと愛犬・ポンポン丸と暮らすマイペースで偏屈な亭主。チーが几帳面で神経質なコマガールのため、三日に一度のペースで怒られまくる日々。
山田隆道Official Blog
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