高崎山のプリンセス

大分県の高崎山自然動物園がサルの赤ちゃんに「シャーロット」と名付けたと発表し、騒動となりました。毎年5月から始まるサルの出産期、最初に生まれたサルの名前を公募する企画を開催しており、今年は英国王室ウィリアム王子の長女誕生を祝い、その名前「シャーロット」が最も多く寄せられたのです。ところが「王室の方の名前をサルにつけるとは失礼だ」などと抗議が殺到して撤回に追い込まれ、英国大使館にお伺いを立てます。

しかし、大使館員なら英国のプリンセス誕生に、好意的な日本国内の空気を知っていますし、「侮蔑」を目的とした命名でないのは明らかで、政治的な思惑も皆無としたとき、賛否のどちらとも答えられる訳がありません。

英王室の広報は「コメントは特にありません。赤ちゃんザルにどんな名前を付けようと、動物園の自由です」と朝日新聞の取材に答えていますが、これが全てです。しかし、「シャーロット」の命名により、国内においては別の「懸念」が生まれました。

近所のベッカム

ネットでは日本のサルには日本の名前を付けろという主張が多くありました。しかし、ペットや動物に外国人の名前を付けるのは、さほど珍しくなく、我が家ではかつて「ジョン」と「メリー」と名付けた雑種犬のつがいを飼っていましたし、いまも近所には「ベッカム」を名乗るコーギー(犬)がいます。命名は敬意や好意に由来するもので、高崎山の職員も、その名を投票したお客さんも同じ気持ちでしょう。

「外国人がペットに天皇家の名前をつけたらイヤだろう」という意見もありました。狭量な話です。世界広しといえど、現時点で「Emperor (皇帝)」の称号を持つのは、日本の天皇陛下だけです。皇帝という称号への憧れは、単純な「男子」的な発想ですし、近所のドッグランには「キング(王様)」と名付けられた柴犬が遊びに来ます。また、天皇陛下を尊崇し、御利益にあやかろう(という発想が外国人にあるかはともかく)と命名されたのであれば不快に思う日本人は少ないのではないでしょうか。

そもそも「自由」が保障された西側諸国で、動物の命名といった市民レベルの活動を主権が及ばない他国がとやかくいうことはあり得ず、むしろそれをしたなら「主権侵害」です。我が国では近隣国からのクレームが常態化し、感覚が麻痺しているのかもしれません。

誰に迷惑をかけたのか

高崎山自然動物園の対応にも問題があります。毎日新聞によれば、5月6日に名前を公表した直後から、Twitterなどで情報が拡散し、クレームが寄せられるようになり、同日付で同園は「お詫び」と題して経緯と撤回をサイトで表明しますが、そこにこんな一文がありました。

"この度の、当園の判断で第一号赤ちゃんの命名については、多くの皆様方に多大なるご迷惑をお掛けしたことを、深くお詫び申し上げます。(同園サイトより)"

さて、誰に「迷惑」をかけたのでしょうか。本件において「迷惑」をかけた当事者とするなら、生後間もないシャーロット王女か、ウィリアム王子夫妻かご親族(王族)になるでしょうか。拡大解釈をしても王家を戴く英国民か、エリザベス女王を元首に戴く英連邦の国民です。

ところが、英語でのクレームが殺到したという話しは報じられておらず、クレームも多くは「県外」からのもので、騒動となってからも実際の来園者からの苦情はないと、毎日新聞は報じています。

クレーマーのモチベーション

英国大使館や王室広報に日本のマスコミからの取材が殺到し、手間暇をかけさせたという点では迷惑をかけたかもしれませんが、それは「命名シャーロット」を当初は「ほのぼの地域ネタ」と報じながら、一部に過ぎない批判の声に、手のひらを返して過剰反応したマスコミによるもので、高崎山が頭を下げる筋合いではない「謝罪0.2」です。

謝罪により沈静化を図るとしても、「お騒がせしてすいません」と騒動に対してだけ頭を下げるのがベターです。クレーマーという人種は、謝罪に追い込んだ事実を持って、みずからの行動を正当化し、次のクレームへのモチベーションとするからです。当事者でない人物に頭を下げると話がこじれる。今回の騒動はその典型例です。

騒動が報じられてから、同園には命名を支持する声が多数寄せられ、結局「シャーロット」で落着しました。そもそも珍しい名前でもなく、同園も選定理由のひとつと説明した、朝のテレビ小説『マッサン』で「エリー」を演じた女優は、シャーロット・ケイト・フォックスです。

それよりも気になるのは、今後のヒトの子の名前です。

「紗瑠絽斗」「沙流楼兎」

もちろん、読みは「シャーロット」。暴走族のチーム名のような「DQNネーム(キラキラネーム)」が増えることへの懸念です。あるいは完全なる当て字で

「英国姫」

と書いてシャーロットと読ませる親がでてくるかもしれません。こちらも、もちろん国際問題にはなりませんが、シャーロット王女の妹が生まれ、叔父のヘンリー王子に王女(娘)が恵まれ、それぞれ別の名前がつけられたとき、混乱は不可避というか、間違いなく「Yahoo!ニュース」のヘッドラインを飾り物議を醸すことでしょう。

エンタープライズ1.0への箴言


謝罪は当事者へ。これが原則

宮脇 睦(みやわき あつし)

プログラマーを振り出しにさまざまな社会経験を積んだ後、有限会社アズモードを設立。営業の現場を知る強みを生かし、Webとリアルビジネスの融合を目指した「営業戦略付きホームページ」を提供している。コラムニストとして精力的に活動し、「Web担当者Forum(インプレスビジネスメディア)」、「通販支援ブログ(スクロール360)」でも連載しているほか、漫画原作も手がける。著書に「Web2.0が殺すもの」「楽天市場がなくなる日」(ともに洋泉社)がある。最新刊は7月10日に発行された電子書籍「食べログ化する政治~ネット世論と幼児化と山本太郎~」

筆者ブログ「ITジャーナリスト宮脇睦の本当のことが言えない世界の片隅で」