指紋と静脈の区別がつかない

在京キー局のニュース番組で「指紋認証のセキュリティがハッキング(突破)された」と報じられ、Webの専門家を名乗るジャーナリストが「銀行も大変ですね」とのコメントを行ったと情報が寄せられました。そこには「静脈認証なのにね」という言葉が添えてあります。

「手のひら」や「指先」を利用する生体認証とは「静脈認証」で「指紋」ではありません。三菱東京UFJ銀行はサイトで「一人ひとり異なる手のひらの静脈パターンでご本人を確認いたします」と説明します。少なくとも「ゆうちょ銀行」も含めた主要銀行で「指紋」を採用しているところは見つかりませんでした。

上場している銀行からすれば、セキュリティの脆弱性は株価への影響にも直結する内容。一つ間違えれば「風説の流布」に触れかねないコメントでしたが、話題にすらならなかったのは、最近の話題がもっぱら「低視聴率」ばかりというあの在京キー局だったからでしょうか。

そもそも、Web全般のトピックを1人のジャーナリストが語ることに無理があります。「指紋」と「静脈」の区別以上に、高度な専門性を有するセキュリティ情報から、LINEが宅配サービスを始めた理由、最新の「jQuery」の活用法など、それぞれに相応の「専門性」が求められるからです。もっとも、そもそも論のレベルで、人選に無理があった気もしますが。

自称、有名デザイナー

海外事業展開のためのサイト作りを決意したC社長ですが、いかんせんネットはまったくの未経験。それどころか日頃は「ネットは一切やらない」と広言して憚り(はばかり)ません。人脈でビジネスを成長させてきたC社長にとっては、バーチャルな環境の交流よりも対面で口説き落とす方が簡単だからです。しかし、海外事業となると物理的に不可能で、宗旨替えしてWebサイトに頼ることにしました。

自慢の人脈を通じて、紹介されたのが、Web業界では有名人という触れ込みのAさん。名刺にはフリーのWebデザイナーとあり、言葉の端々に自信がみなぎっていて、名だたるスポンサー名を実績として挙げました。

すっかり大船(おおぶね)にのったC社長でしたが、待てど暮らせど大船から連絡はやってきません。催促を繰り返した1ヶ月後、上がってきたのはA4のコピー用紙に描かれた1枚のイラストでした。ビジネスは動き出しているのですが、窓口となるWebサイトがなく、いまだC社長の新事業は開店休業を余儀なくされています。

すでにゼネコン並み

Aさんの「実績」には有名企業や、一流雑誌の名前が並びます。しかし、こうした有名企業の仕事は、一般的に「代理店」が一括で受注します。

サイバー攻撃が日常となっている昨今では堅牢なセキュリティ対策が求められますし、サイト管理のソフトも巨大化しており、ネット広告との連動はもちろん、メディアミックスも考えれば、建築業で言う「ゼネコン」的な総合力が求められるます。そしてそこから、デザイン事務所やフリーランスといった下請けに仕事が流れていく構図も、建設業界に似てきています。

中小規模のサイトなら、この限りではありませんが、規模が小さいだけで「プロデューサー」的な管理能力が求められることに変わりはありません。Aさんの実績から確認できるのは「デザイナー」だけです。サイト構築を求めるC社長に取って、Aさんは場違いな「専門家0.2」だったようです。

余談ながら「有名」にも疑問符が浮かびます。Web業界の番外地で、ひっそりと仕事を続ける私よりも知名度が低いと見ています。なぜなら、Aさんの名前で検索しても見つからないから。そして、これは「フリーランス0.2」です。名前を売るのがフリーになって最初の仕事なのですから。

ジャーナリスト失格

冒頭のジャーナリストも各所で場違いな専門性を発揮しています。

日曜朝の報道番組でのワンシーン。自分の得意ジャンルである「Web関係」とわざわざ断ってから、米中の蜜月の証として両者のハイテク製品関税引き下げ合意を紹介し、返す刀で日中の対立を嘆きます。

しかし米国は「国家安全保障上の脅威」があるとして、通信機器市場から中国メーカーの華為(ファーウェイ)を名指しで除外しています。さらに「Web」で言えば、GoogleにTwitter、Facebookは中国から事実上締め出されています。

つまり、双方の利害が一致したときだけのビジネスライクな友好関係に過ぎません。そもそも、尖閣諸島に公船を送り込んで、小笠原で赤珊瑚を略奪し、日本の領海近くで潜水艦を徘徊させるなどの例から、客観的に見ても対立を煽っているのは中国です。

このジャーナリストは、そもそも商用ソフトを違法利用するマニア「割れ厨」を煽る記事を書いていたとされている人物。著書がスマッシュヒットして、ブレイクした後はWebサービスによる社会革命を呼びかけ、東日本大震災の後は政治活動への傾斜を強めている人物です。

ネット上の活躍ならともかく、著作権はもちろんのこと、コンプライアンスに縛られて政治的中立性を求められるテレビ局には「場違い」な存在。

もっとも、「指紋」について報じたテレビ局は、在京キー局で最下位が指定席とされた「テレビ東京」の後塵を拝しています。

つまりは「もっとも視聴者に見放されたテレビ局」であることを考慮すれば、「割れナベにとじブタ」ということなのかもしれません。

エンタープライズ1.0への箴言


場違いな有名人は多い

宮脇 睦(みやわき あつし)

プログラマーを振り出しにさまざまな社会経験を積んだ後、有限会社アズモードを設立。営業の現場を知る強みを生かし、Webとリアルビジネスの融合を目指した「営業戦略付きホームページ」を提供している。コラムニストとして精力的に活動し、「Web担当者Forum(インプレスビジネスメディア)」、「通販支援ブログ(スクロール360)」でも連載しているほか、漫画原作も手がける。著書に「Web2.0が殺すもの」「楽天市場がなくなる日」(ともに洋泉社)がある。最新刊は7月10日に発行された電子書籍「食べログ化する政治~ネット世論と幼児化と山本太郎~」

筆者ブログ「ITジャーナリスト宮脇睦の本当のことが言えない世界の片隅で」