ここしかなかったタイミング

2014年11月17日に発表された、2014年7-9月期の実質国内総生産(GDP)の速報が、年率換算マイナス1.6%と、景気の深刻な悪化を告げていました。「増税派」は「法律どおり増税」と主張しますが、その法律には景気悪化時に延期できる「付帯条項」があり、政治判断だけでも「延期」できます。しかし、それをやっては「横暴」「傲慢」と野党のみならず、マスコミによるバッシングは避けられません。そこで「国民の信を問う」。本稿執筆は解散前ですが、「走り出したら止まれないのが選挙(解散)」というのが永田町の定説ですので「解散」はありきで進めます。

冷静に考えればこの「タイミング」しかなかったといえます。同時選挙を嫌う公明党、改造内閣で次々と発覚した大臣の不祥事に、野党の準備不足。また、選挙に勝てば、リベラル陣営が非難する「特定秘密保護法」や「集団的自衛権」への強い正当性を与えることもできます。また、増税を1年半先送りにすれば、2016年の参議院選挙も現行税率で戦えますし、外交的なメリットも少なくありません。ちなみに選挙のたびに「脱原発が争点」と主張する進歩的文化人やテレビ局が多いのですが、彼らはこれまでの選挙で、脱原発を掲げる候補者が多数を占めていない現実から目を逸らしています。

そして「ネット選挙」です。すでに前々前回、ネット選挙を巡る惨憺たる現状を「0.2」として紹介したところですが、今回は歴史に学ぶ特別編。「ネット選挙解禁」となった2013年参議院選挙を振り返ります。

想定の範囲内のデマ

ネット選挙解禁で懸念されたのが「デマの拡散」で、選管は「名誉毀損」や「侮辱罪」に該当する可能性があると警鐘を鳴らしましたが懸念は現実となります。自民党の丸川珠代氏は、かつての女子アナ時代に、週刊誌が報じた恋愛スキャンダルをほじくり返され、尾ひれがつけられます。さらに「みんなの党」から出馬した「桐島ローランド」氏は、まったくの事実無根ながら、彼の名前を検索すると、逮捕歴があるかのような情報がネットで拡散されました。

デマの目的は、対立陣営によるネガティブキャンペーンではなく「小銭稼ぎ」でした。アフィリエイトと呼ばれる「ネット広告」の収入は、サイトの訪問者に比例します。話題の候補者の記事は耳目を集めやすく、桐島ローランド氏については、「逮捕されたという噂があるが調べたらなかった」というマッチポンプな記事が書かれ、それを複数のサイトが「コピペ」したのです。これをグーグルが「情報」として収集し、検索結果に「桐島ローランド逮捕」とサジェスト表示され、デマの拡散が加速します。

「ネットの実務」に詳しければ、簡単に解決できたのですが、政治に近づいた「Web有識者」は誰もこの方法を桐島ローランド氏や「みんなの党」に教えてあげなかったのは残念な限りです。ちなみに「桐島ローランド 逮捕」で検索すれば、対策をまとめた私のブログが、グーグルの検索結果の1位に表示されるので、興味のある方は検索してみてください。

いいね!で伸びない票

デマといえば、候補者本人がデマを拡散していた山本太郎氏。デマレベルの街頭演説も、街頭だけならいつかもせずに雑踏にかき消され、なかったことになりますが、演説を動画共有サイトで拡散し、いまも視聴できます。初のネット選挙において奏効したこの手法ですが、次回以降「言質」となって彼を苦しめることでしょう。

「フォロワー水増し事件」もありました。選挙直前に首都圏近郊の現職候補のツイッターへのフォロワーが急増し、その8割以上が「トルコ」からのフォローでした。接点のないトルコからのフォロワー急増に「買収」が噂されたのです。ツイッターのフォロワーや、Facebookの「いいね!」や「友だち」は購入できます。米国のオバマ大統領も利用しているのではと噂されるほどですが、パチンコ・パチスロにおける「換金」のような、グレーゾーンの手法です。

Webでなにを動かす!

水増し疑惑のあった候補者は落選し、政界引退を表明したので、ここでの実名は避けました。そしてフォロワーの水増しが「経歴詐称」に当たるかは議論が分かれるところですが、そもそもフォロワーの数を投票基準にする「一般人」はいません。というより、「LINE」や「モンスト」のヘビーユーザーになる「一般人」はいても、政治家のツイートをフォローするのは「政治マニア」だけです。つまり、選挙期間中にネットに力を入れても、極端な票の上積みは期待できないのです。

それでは各種メディアで「ネット選挙」を語っていた「Web有識者」たちはどうだったでしょうか。その後の都知事選挙も含め「Webで政治を動かす」とばかりに、ネットによる世論誘導を試みたものが何人もいましたが、結果は惨敗です。そう、彼らの「人気」もまた「Web業界」という限定されたマーケットに過ぎないからです。「ネット選挙2013」はWebの影響力は限定的であることを証明したといえます。

いまも変わりはありません。ネットは劇的に票を集める媒体ではないのです。有権者としては、くれぐれもネット選挙に「無駄金」を投じる候補者が現れないことを祈るばかりです。

エンタープライズ1.0への箴言


「ネット選挙はまだまだこれから」

宮脇 睦(みやわき あつし)
プログラマーを振り出しにさまざまな社会経験を積んだ後、有限会社アズモードを設立。営業の現場を知る強みを生かし、Webとリアルビジネスの融合を目指した「営業戦略付きホームページ」を提供している。コラムニストとして精力的に活動し、「Web担当者Forum(インプレスビジネスメディア)」、「通販支援ブログ(スクロール360)」でも連載しているほか、漫画原作も手がける。著書に『Web2.0が殺すもの』『楽天市場がなくなる日』(ともに洋泉社)がある。最新刊は7月10日に発行された電子書籍「食べログ化する政治~ネット世論と幼児化と山本太郎~」

筆者ブログ「ITジャーナリスト宮脇睦の本当のことが言えない世界の片隅で」