行列のできるラーメン屋の正体
地元足立区の某ラーメン店は「行列ができる」と度々メディアで紹介されていました。確かにテレビ放送後は多少の行列ができていましたが、日頃客足はまばらです。そして先日、商圏の異なる寂れた場所に移転し、そこに行列はありません。
「行列」には3種類あり、客が押し寄せる、文字通りの行列の他に「やらせ」と「告知」があります。まず「やらせ」とはテレビ局(制作サイド)が「演出」と称して用意するもの。放送人としての倫理に問題はあっても、違法性を問うことは困難です。形式上は視聴者を騙す「優良誤認」ですが、利益を得るのは店側だからです。店が常連客などに声を掛け、店頭ポスターや新聞折込チラシなどで人を集めるのが「告知」です。これに目をつぶることは「演出の一部」として常態化しています。
テレビ番組の裏側
こちらも地元足立区のとある八百屋。テレビ局からの取材が引きも切らずにはいります。主要キー局からは軒並み依頼され、同じテレビ局の別の報道番組からそれぞれ取材申し込みがあります。
一般的に「テレビ番組」の大半は「下請け」の「制作会社」が作ります。私もいくつかの番組の取材を受けたことがありますが、すべて下請けの番組制作会社でした。番組それぞれに子飼いの制作会社があるので、同じ局からの取材が重複するのは珍しいことではありません。彼らは短納期、低予算での納品が求められ、多用するのが「ネット」です。
ネット検索により「あたり」をつけるに留まらず、「検索結果」を事実とする前提で番組制作が始まります。かつてなら事実確認のための、事前の取材をしたものですが、限られた予算で納期に縛られる彼らにその余裕がありません。「行列ができる八百屋」もホームページから発見されました。
仁義なき八百屋戦争
行列のできる八百屋の台所事情は芳しくありません。近所では国内ナンバーワンとツーの大型チェーンストアが鎬を削り、その余波は周囲の小規模店を荒廃させます。これは日本全国の商店街を崩壊させている一因です。追い打ちをかけるように、斜め向かいには「仲買」と呼ばれる、八百屋に野菜を卸す、いわゆる「卸し」が小売を始めました。目的は八百屋を潰すことにあるのは、仲買の社長が青果市場で、行列のできる八百屋を「ぶっつぶす」と広言していることから明らかです。彼にモラルも仁義もありません。そして仁義なき仲買の社長は、足立区北西部の地主一族で、そこでは名士のひとりに数えられるのですから世も末です。
かつての八百屋の行列は、店外にまで及び、隣接する商店の前まで伸びていました。ホームページはその当時を知る、八百屋の娘の旦那が、21世紀が始まったころに制作したものです。時は移り環境も変化し、厳しい情勢に追い込まれ、売上は半減し、赤字を計上する月もあります。それでもいまだに「行列」はできておりホームページに嘘はありません。仮に取材に訪れれば、テレビ局の望む映像を納めることも可能でしょう。
その八百屋はホームページの閉鎖を検討しています。
本当に行列ができる店とは
八百屋の店主は70を数え、すでに年金受給年齢に達しておりますが、引退を考えてのホームページ閉鎖ではありません。40才を少し過ぎた息子がいるのですが、この息子が取材依頼を「ウザイ」というのです。ただでさえ「行列」ができているのに、これ以上、忙しくしたくないという理由です。
実はこの息子。40才を過ぎながら、店に出るのはピーク時のみで、仕入れのために市場には出掛けますが、店主の父親が発注した商品を引き取るだけの運搬係に過ぎず、伝票の整理をしたことはなく、全体の売上を把握していません。だから売上が半減している事実を知りません。一瞬の「行列」を見ただけで、繁盛店だと思い込んでいる「行列0.2」です。売上回復のチャンスになるテレビ取材を断り、さらにそのきっかけを作ってくれるホームページ閉鎖を目論む息子の将来が心配…というより、早晩、仁義なき仲買が高笑いする日が来ることでしょう。腹立たしい話しですが、息子にやる気がないのですから仕方がありません。「行列ができる」と成功は同義ではありません。
行列ができる理由は、もうひとつあります。テレビやマスコミの紹介による「作られる行列」です。人脈を駆使してマスコミを利用するのは「企業努力」と目をつぶるにしても、「広告代理店」や「PR会社」が暗躍するケースは、限りなく「やらせ」に近いのですが、彼らはそれを「大人の事情」と呼びます。例えば今夏「行列のできるかき氷屋」と紹介された都心の某店は、どの番組でも「行列の長さ」がだいたい同じ長さであるのは「偶然」としても、当初は「かき氷ブーム到来」という惹句とともに、「深夜までやっているかき氷屋」と紹介されていたことを私は覚えています。あと「パンケーキ」なんかも匂いますね。
ちなみに「足立区」つながりで「行列ができる焼き肉屋」の「スタミナ苑」の行列は本物。この冬はあの大雪のなか、2時間待ちの行列ができていました。もっとも、平日の開店直後は並ばずに入店できる…と、お約束はできませんが、私はいつも平日に訪ね、並ばず入店しています。
エンタープライズ1.0への箴言
「行列は成功を意味しない」
宮脇 睦(みやわき あつし)
プログラマーを振り出しにさまざまな社会経験を積んだ後、有限会社アズモードを設立。営業の現場を知る強みを生かし、Webとリアルビジネスの融合を目指した「営業戦略付きホームページ」を提供している。コラムニストとして精力的に活動し、「Web担当者Forum(インプレスビジネスメディア)」、「通販支援ブログ(スクロール360)」でも連載しているほか、漫画原作も手がける。著書に『Web2.0が殺すもの』『楽天市場がなくなる日』(ともに洋泉社)がある。最新刊は7月10日に発行された電子書籍「食べログ化する政治~ネット世論と幼児化と山本太郎~」