ハウスメイドガン

自宅でピストルを作ったとして、川崎市に住む大学職員が逮捕されました。容疑者は銃を組み立て試射する映像をネット上に公開しており、これをみた一般人からの通報で警察は動き、事件は発覚します。つまり、容疑者が黙っていれば、逮捕されることはなかったのです。

容疑者が銃を作るのに使用したのは「3Dプリンター」。3Dの図面があれば誰でも作成でき、銃の図面もネットを探せば容易に入手できることは、広く知られています。つまり「氷山の一角」の可能性を否定できません。

3Dプリンターの技術はほぼ確立されており、各種の「特許」が切れるたびに価格が下落し、精度が向上し、用途が拡大しています。昨年は「3Dプリンター元年」と呼ばれており、米国のオバマ大統領が、一般教書演説において「3Dプリンターを活用してアメリカに製造業を呼び戻す」と宣言したことが理由のひとつです。そして国内で知名度向上に役立ったのがクリス・アンダーソンの書籍「MAKERS(メイカーズ)」です。

民主化は混乱を招く

"21世紀の製造業は、アイデアとラップトップさえあれば誰もが自宅で始められる。ウェブの世界で起こったツールの民主化が、もの作りの世界でも始まったのだ。メイカーズ(モノ作る人々)の革命が、世界の産業構造を再び変える! "

とは、アマゾンにあった「メイカーズ」の惹句です。

クリス・アンダーソンといえば、ベストセラーに名が上がらない商品群でビジネスが成立するとする「ロングテール」や、無料から利益が生まれ、すべては無料に近づいていく「フリー」と、Webのトレンドを採掘し、世に出すエヴァンジェリスト(伝道師)です。ちなみにエヴァンジェリストとは、特定の考えを布教するための存在で、科学的検証に耐えているかどうかの裏付けは不用です。

「ロングテール」は発表直後から「アマゾンのみの特殊事例の拡大解釈」と疑問が呈されており、いまでは「ロングテールだけでビジネスは成立しない」が定説です。「フリー」についても「お試し商法」を大袈裟に騒いでいるだけとは私の感想ですが、著作の終盤に「無料にならないものもある」とアリバイ作りをしています。「メイカーズ」も読み物としては面白いのですが、彼の予言のとおりに社会が変わることなどありません。そもそも本の惹句にある「民主化」が混乱を持たすのは「アラブの春」から学んだ西側諸国の教訓です。

人の本質を知らない

3Dプリンターのメリットは「少量多品種」です。従来の製造業で必要となる、金型作成を省略することができ、コストと納期を大幅に削減できます。しかし、研究機関や製造業を除けば、少量多品種を喜ぶのは一部の物好きに過ぎません。なぜなら、

「大衆は流行しているものを良いと感じる」

からです。つまり、少量多品種とは、構造的に大衆の支持を得ません。ましてや「横並び」の好きな日本社会では定着しないでしょう。そもそも、クリスの著作は「アメリカ人」の視点で描かれています。

クリス・アンダーソンの主張は「ものづくり」という環境や、DIYなど工作好きな大きな男の子は大きく頷くモノではありますが「一般論」にはなり得ないのです。「3Dプリンター」を否定するものではありません。むしろ、欲しいと願う大きな男の子のひとりです。しかし、便利すぎる機械の恐ろしさに警鐘を鳴らすのは、経験を踏まえて未来を語れる大人の責務。そこで「メイカーズ」の惹句にある「ウェブの世界で起こったツールの民主化」にふたたび注目します。

3Dバカッター

ブログが普及し始めた当時、「1億総表現社会」という言葉が使われていました。誰もが世界に向けてメッセージを発信できるという意味です。その果てに、コンビニのアイスケースにはいり、お客に提供する前のウィンナーにかじりつく姿を公開する「バカッター」が生まれます。ツールの民主化とは、誰でもバカでも利用できるようになることを意味します。すると3Dプリンターが普及したその先に待つのは「3Dバカッター」、すなわち「メイカーズ0.2」です。しかも冒頭の「自家製銃」をみれば、すでに笑いごとではすまされません。

小学生による悲劇の拡散を怖れています。10万円を切る「3Dプリンター」も発売されており、将来のためとせがまれた親が、無警戒に買い与え、自主性という言い訳の前に子供の監視を怠ります。弾薬を作ることはさほど難しいことではありません。そして国内で小学生による「銃乱射事件」がおこらないと誰がいえるでしょうか。

読売新聞は2014年5月11日の社説で「過度な規制は普及を妨げる」と掲げます。拡大が予想される市場規模や産官学の支援体制を理由とします。しかし、便利なツールは、便利さに応じた破壊力がある。Webがすでに教えてくれている教訓です。そして「3Dプリンター」は生身の肉体を傷つける道具を作り出せます。銭金の話しを脇に置き、バカッターの経験を踏まえれば「正しい規制」を呼びかけるべきなのです。

エンタープライズ1.0への箴言


「3Dバカッターという悪夢のはじまり」

宮脇 睦(みやわき あつし)
プログラマーを振り出しにさまざまな社会経験を積んだ後、有限会社アズモードを設立。営業の現場を知る強みを生かし、Webとリアルビジネスの融合を目指した「営業戦略付きホームページ」を提供している。コラムニストとして精力的に活動し、「Web担当者Forum(インプレスビジネスメディア)」、「通販支援ブログ(スクロール360)」でも連載しているほか、漫画原作も手がける。著書に『Web2.0が殺すもの』『楽天市場がなくなる日』(ともに洋泉社)がある。最新刊は7月10日に発行された電子書籍「食べログ化する政治~ネット世論と幼児化と山本太郎~」

筆者ブログ「ITジャーナリスト宮脇睦の本当のことが言えない世界の片隅で」