血圧下がりました

従来「85~130」を上限とされていた正常血圧の数値が「94~147」へと、上方修正されるかもしれません。これは日本人間ドック学会と健保連が、2011年に人間ドックを受けた約150万人を、いくつかの健康条件でフィルタリングをかけ、「超健康」に分類された人の、血圧から導き出した数値です。150万人という膨大な「ビッグデータ」の手柄で、単純な平均値ではないところがポイント。ビッグデータの「総数」には不用な情報が数多く紛れ込んでいるからです。データの選別を含めた作業を「(データ)マイニング=採掘」と呼び、ビッグデータを活用する絶対条件です。

高血圧が問題視されるのは、死に至ることもあれば、その他の病気を引き起こすと考えられているからですが、その正常値はWHO(世界保健機構)の発表をひな形にしていると言われます。そのWHOは2012年版の「世界保健統計」で、世界中の25才以上の4人に1人が「高血圧」と発表しています。ならば25才の25%はすぐに死ぬのでしょうか? もちろん、そんなことはありません。

ビッグデータの落とし穴

25%も高血圧ということは、人類という「種」の個体差の範囲とみることもできます。むしろ、高血圧を過剰に「問題化」することによる投薬治療などの社会的コスト増大が「問題」になる可能性も否定できません。ビッグデータにおける「マイニング」の重要性もここにあります。

ある自己啓発セミナーの団体も「ビッグデータ」の活用に取り組みました。主催者はカリスマと呼ばれたK氏で、かつてはテレビをはじめメディアにたびたび紹介されていました。ところがK氏が、5年前に他界してから団体の経営に逆風が吹きます。会員数を維持するのが精一杯で、以前のように新規会員が獲得できなくなってしまったのです。そこでK氏が起業してから30年間に蓄積した顧客データ=ビッグデータを元に、新規顧客の獲得を目指します。

多少の掘り起こしには成功しましたが、大成功とはいえない結果となりました。30年前にパソコンは一般的ではなく、データは手書きの書類で、これらをデジタルデータに変換する作業の労力と手間賃からみれば赤字だったのです。典型的な「ビッグデータの落とし穴」です。

カリスマの死

団体が曲がり角を迎えたのは「カリスマの死」が原因であるのは明らかです。すると生前のデータのなかで、入会理由にカリスマが絡んでいるものを除外しなければ、いまの経営に役立てることはできません。あるいは、後を継いだ代表者を「カリスマ化」することで、巻き返しを図る戦略なら、生前のデータのほうが重要となります。つまり「問題」をどこに設定するかで、ピックアップすべきデータが異なり、全期間のデータを対象とするのは「マイニング0.2」。巷間語られている「ビッグデータ」の大半はこちらです。あるいは、ある目的を実現するために、都合の良いデータを「マイニング(採掘)」している事例にも事欠きません。

健康と死のどちらかを選べてと問われれば、誰もが迷わず健康を選ぶことでしょう。2000年までの血圧の正常値は「95~160」で、旧厚生省時代の1987年は「100~180」でした。繰り返しますが、現時点では「85~130」。結果が伴えば厳格化された数値に誰も文句はいいません。

そこで厚生労働省のサイトにあった「死因簡単分類別にみた性別死亡数・死亡率(人口10万人)」を、追跡可能な1996年から2012年までを調べてみると、「高血圧性疾患」により死亡者数は、基準が改められた翌年の2002年に最低を記録します。ところが、翌年から上昇基調となり最新の2012年は7261人で、旧基準の1996年の7245人を上回ります。「脳内出血」も高血圧を一因と見られますが、こちらは基準が変更された2000年から上昇基調で、約10%も死亡者数が増加しています。つまり基準を厳しくしても死者は減っていません。

死亡率は減ったか

正常血圧の基準を変えただけで、病人が健康になるわけではありません。また、医療の専門家が見れば、高血圧を主犯とする、その他の死因の死亡者数が急減し、あるいはゼロになっているデータがあるのかもしれません。一方で、WHOの運営費を賄う寄付の大半が製薬会社という指摘を耳にします。製薬会社のエンドユーザーは「病人」で、血圧の基準を下げれば、地球上にいる成人の4分の1は「高血圧症」となり、病人という名のユーザーを大量生産できます。

以下はノバルティスファーマ株式会社の高血圧症の薬「ディオバン」のサイトにみつけた説明です。

"日本では2000年9月に承認され、同年11月に発売されました。(ディオバンについて患者さま向けページより)"

国内基準が厳しく改定された2000年に発売されています。奇妙な符合に「他意」を見つけるのは、ゴシップ誌なみの邪推に過ぎません。しかし、この「ディオバン」は臨床試験に同社の社員が加担し、データが改竄されていたのではないかと疑いがもたれている薬。果たして誰のための基準で、しかもその基準が国民の健康に役立っているのか。こちらが血圧の正常値を巡る本質的な「問題」です。

エンタープライズ1.0への箴言


「ビッグデータを活用するにはマイニングが不可欠」

宮脇 睦(みやわき あつし)
プログラマーを振り出しにさまざまな社会経験を積んだ後、有限会社アズモードを設立。営業の現場を知る強みを生かし、Webとリアルビジネスの融合を目指した「営業戦略付きホームページ」を提供している。コラムニストとして精力的に活動し、「Web担当者Forum(インプレスビジネスメディア)」、「通販支援ブログ(スクロール360)」でも連載しているほか、漫画原作も手がける。著書に『Web2.0が殺すもの』『楽天市場がなくなる日』(ともに洋泉社)がある。最新刊は7月10日に発行された電子書籍「食べログ化する政治~ネット世論と幼児化と山本太郎~」

筆者ブログ「ITジャーナリスト宮脇睦の本当のことが言えない世界の片隅で」