WEARの撤退

2013年11月にサービスが開始された、スマホアプリ『WEAR(ウェア)』。ファッション通販サイト『ゾゾタウン』を運営するスタートトゥデイが提供したアプリです。アプリの目玉は「バーコードスキャン機能」。店頭で商品バーコードを読み取れば、いつでも『ゾゾタウン』から購入でき、「ショールーミング」を加速させるのではないかと注目されました。ショールーミングとは、店頭を「ショールーム」として利用しながら、購入はネットで行う消費行動で、

"遅かれ早かれ店舗はショールーム化するので、それを逆手に取る店舗が成長すると思います。"

とは、ウェアの発表を受けて、GMOグループの会長熊谷正寿氏の昨年11月のツイートです。ところがその目玉機能を、この4月末に停止するとスタートトゥデイが発表します。熊谷正寿氏の予言も虚しく、ショールーミングは早くも暗礁に乗り上げたようです。

ショールーミングによる倒産

ウェアへのアパレル業界の抵抗は激しく、ルミネは「館内での写真撮影は原則禁止」と事実上の締め出しを宣言し、賛同したのはパルコや、ユナイテッドアローズなどに限られます。英国のカメラチェーン大手の「ジェソップス」が2013年1月に倒産したのは、ショールーミングがとどめを刺したと言われています。来店客がどれだけ多くても、店頭で購入されなければ、家賃に電気代、従業員の給料を支払うことができないからです。バブルの頃、アパレルショップに入店すると、背後霊のように「ハウスマヌカン」が張り付いたのは、彼ら彼女らには一定の「売上ノルマ」が課せられており、その達成のためです。

いまも「売り子」の現実は変わらず、アパレルショップの店員にはノルマがあり、ノルマ未達成なら自社商品の購入が事実上義務づけられている場合もあります。これは違法行為ですが現実で、ショールーミングにより『ゾゾタウン』で購入された商品は、店員の実績にはならず、店員の物心両方からの負担を増加させるだけです。さらに、人気商業ビルになれば「ショップ」にもノルマがあり、面積当たりの売上が、基準を下回ると強制退店させられてしまいます。つまり、どれだけ親切に接客しても、カリスマ店員を着飾らせてみても、声を嗄らして呼び込みしても、『ゾゾタウン』で購入されれば徒労です。

時代は変わっていない

アパレルの小売店が、ウェアを拒否するのは当然で、そもそもの企画が0.2なのです。ただし、半年で撤退を決断ことは評価できます。こうした「変わり身の早さ」は、IT企業の真骨頂でもあるからです。もっとも、3月下旬より人気モデルの鈴木えみを起用したテレビCMを大量投下したのに、反転攻勢のきっかけが見つからずに、撤退を余儀なくされたのかも知れませんが。

「ジェソップス」が扱っていたカメラや家電のように、どこでも同じ商品が購入できる業界において「ショールーミング」は拡がりをみせるかもしれません。しかし、「ファッション」は、何を購入したかだけではなく、「どこで買ったか」も商品価値に含まれます。同じカットソーであっても、伊勢丹で購入することに価値を見いだす客がいて、セレクトショップとホームセンターでは「ありがたみ」に差が生まれます。両者の差は、それぞれの企業努力であり、バイトに過ぎない「売り子」が「カリスマ化」するのは彼女たちの努力の結晶です。人気ショップになれば「紙袋」にも価値が生まれ、あこがれの紙袋を提げて歩く少女が、スキップして見えるのはわたしの乱視のせいではないでしょう。こうした「付加価値」も「ファッション」を構成する要素である限り、アパレル業界において、ショールーミングの無制限な拡大など起こり得るものではありません。

商売の現場を知らない

また家電量販店のすべてがショールーミングに駆逐されることもないでしょう。そもそも「ネットで購入」を嫌う消費者は世代を問わずに存在します。また、冷蔵庫や洗濯機といった大型家電の場合、運搬、設置、回収費用を加味した総額でみると、ネットショップは決して安くはなく、利便性も低いのです。こうした「人手」が加わるサービスは、ネットショップのウィークポイントで、先に紹介したGMOグループ会長の熊谷正寿氏の「予言」が成就する日は訪れません。

ちなみに、この熊谷正寿氏は、手帳に日付入りで夢を記入すれば、願いは叶うと主張している人物。かつて自身のプロデュースによる「夢手帳」を発売し、株主優待として配布していました。GMOの株主だったわたしは、その手帳に日付入りで「夢の株価」を記入しておきましたが、夢の期日をはるかに過ぎた昨年の夏。夢を一度も上回ることなく、購入価格の三分の一で損切りしました。

だいたい「ジェソップス」のような事例が続けば、「ショールーム」そのものがなくなります。熊谷氏に代表される「ショールーミング拡大説」とは、一時の現象を永遠と錯覚した珍説に過ぎません。

エンタープライズ1.0への箴言


「ショールーミングは万能ではない」

宮脇 睦(みやわき あつし)
プログラマーを振り出しにさまざまな社会経験を積んだ後、有限会社アズモードを設立。営業の現場を知る強みを生かし、Webとリアルビジネスの融合を目指した「営業戦略付きホームページ」を提供している。コラムニストとして精力的に活動し、「Web担当者Forum(インプレスビジネスメディア)」、「通販支援ブログ(スクロール360)」でも連載しているほか、漫画原作も手がける。著書に『Web2.0が殺すもの』『楽天市場がなくなる日』(ともに洋泉社)がある。最新刊は7月10日に発行された電子書籍「食べログ化する政治~ネット世論と幼児化と山本太郎~」

筆者ブログ「ITジャーナリスト宮脇睦の本当のことが言えない世界の片隅で」