ゴーストライターは無罪

現代のベートーベン。この書き出しで「あのネタか」と思い浮かぶ読者も多いでしょうが、はい、そのネタです。佐村河内守氏と新垣隆氏による「二重奏」、つまりはゴーストライターです。そして本件において、マスコミの追究がいまひとつ手ぬるいのは、身に覚えのある同じ穴のムジナだからです。

ゴーストライターとは、名義人とは別に存在する創作者のことで、当事者同士が納得していれば、なんら罪に問われることはありません。映画は監督の作品と呼ばれますが、役者はもちろん助監督やAD、タイムキーパーに音声、照明、カメラマンらのチームの総合力により生まれる芸術です。また作家や作曲家をアシストする存在がいることは多々あることで、それを拡大解釈してゴーストライターを「裏方」とみるのは業界内では暗黙の了解です。

卒業論文でも反省文でも本人が書いていないことが明らかとなれば、落第か停学になるのに、ゴーストライターが黙認されているのは「商売」という非常に私的な都合によります。

松本伊代伝説

ゴーストライターにおいて「伝説」はタレントの「松本伊代」さんです。彼女がアイドル時代、自身のエッセイについて質問された際、「まだ読んでない」と答えました。タレント本の世界において、本人直筆はいまでもほとんどありません。「自筆」「書き下ろし」「本人による」と強調されることがあるのは、これの裏返しですが、ここまであけすけに答えたのは彼女ぐらいです。

佐村河内守氏の騒動で、とばっちりを受けた一人が、ホリエモンこと堀江貴文氏です。かつて「自伝的小説」と題して発刊された小説が、ゴーストライターによるものと、表紙絵を描いた『海猿』の漫画家佐藤秀峰氏がTwitterで暴露してしまったのです。しかし、何を今さらという気もするのは、彼も松本伊代さんだからです。

堀江貴文氏がメディアを席巻していた当時、

「人の心は金で買える」

と広言していた台詞を、後に「言っていない」と翻します。しかし当時、堀江貴文名義で世に出した『稼ぐが勝ち(光文社)』では、この台詞が小見出しになっており、本文の74ページに記されています。自著を読んでいれば、口が裂けても吐けない台詞です。

ゴーストライターを告白したブロガー

馬脚が現れた松本伊代も堀江貴文もゴーストライターを広言したわけではありません。それは「商売」としての最低限の仁義です。善悪を脇に置けば、「書く」ことが「本業」でない有名人とは、本という商品を売るための「広告塔」という位置付けが「出版業界」の商習慣だからです。ところが「プロブロガー」と名乗り、「書く」ことを生業と称するネット界隈の局所的有名人「イケダハヤト」氏はゴーストライターの存在を実名入りで広言します。当然ながら「所得倍増」を掲げた池田勇人元総理ではありません。

イケダハヤトは佐村河内守騒動を受け、ゴーストライターのなにが悪いのかと疑問を呈し、関係者の名前を開示していれば問題は無いという立場から、実在の編集者の実名を挙げ、自著の半分は編集者の作品だといいます。

この主張は一理あります。先に紹介した「映画監督」のようなものです。ところが、イケダハヤトが半分だけ書いた本のタイトルは

『武器としての書く技術 (中経出版)』

で、「イケダハヤト」と単著の表記です。

中身も持論も偽装系

アマゾンにあった目次とレビューを見る限り、その技術の中に

「優秀なゴーストライターを雇う」

と、ないどころか、第2章に

"「編集者」になって自分の文章を添削する"

とあります。「編集者」の手がはいっているのですから当然で、これは「偽装」を越えて「詐欺」に準じる「ゴーストライター0.2」です。イケダハヤトが持論に従うなら編集者との共著を主張し、それを出版社が認めなければ出版を断ればよかっただけのことです。しかし、発刊し印税を得ます。イケダハヤトは佐村河内守氏に自分を重ね、詐欺同然の自分を正当化しようと試みたのかも知れません。

もっとも、佐村河内守氏が非難されるべきは、ゴーストライターの有無というより「障害者」を売り物にしていたこと、それに重なるエンタメ業界の体質です。「謝罪記者会見」で、週刊文春に告発記事を書いた神山典士氏が、少女を、義手を外した状態で舞台に上がらせたことについて、「彼女の義手を利用して観客を感動させようとしたのか」と追究されると

「感動すると思う」

と答えます。それは彼自身の「全聾の音楽家(偽装の疑い濃厚ですが)」という成功体験が裏打ちします。事実の発覚後、作曲家の三枝成彰氏はテレビ番組の電話取材で、4年ほど前に手話通訳を介さず直接話をしていたと答え、全聾であることに懐疑的な意見を述べました。つまり、三枝成彰氏は、佐村河内守氏の聾という「演出」を世間に告発せずに、沈黙を守ることで、消極的に加担していたのです。「障害」は耳目を集めるギミック。これがエンタメ業界の真実であり、彼への追究が手ぬるい理由です。

エンタープライズ1.0への箴言


「詐欺同然の偽装も多いが、舞台裏を語るのは野暮」

宮脇 睦(みやわき あつし)
プログラマーを振り出しにさまざまな社会経験を積んだ後、有限会社アズモードを設立。営業の現場を知る強みを生かし、Webとリアルビジネスの融合を目指した「営業戦略付きホームページ」を提供している。コラムニストとして精力的に活動し、「Web担当者Forum(インプレスビジネスメディア)」、「通販支援ブログ(スクロール360)」でも連載しているほか、漫画原作も手がける。著書に『Web2.0が殺すもの』『楽天市場がなくなる日』(ともに洋泉社)がある。最新刊は7月10日に発行された電子書籍「食べログ化する政治~ネット世論と幼児化と山本太郎~」

筆者ブログ「ITジャーナリスト宮脇睦の本当のことが言えない世界の片隅で」