ダンダリンはいなかった

今年のユーキャン新語・流行語大賞のトップテンのひとつに選ばれた「ブラック企業」。この秋に放送されたドラマ『ダンダリン』は労働基準監督署を舞台に、不当労働を強いる職場を役人が積極的に告発していました。しかし、かつての勤務先が労働規約を、一方的に従業員の不利になるよう改訂し、そのことを労働基準監督署に相談すると

「そういう会社は辞めた方がよいですね。ウチ(監督署)がはいって改善されても、犯人捜しが始まり、(その後)務めていられなくなりますよ」

と現実的なアドバイスをいただいたことを思い出します。「ブラック企業」という言葉のなかった時代の話しです。ブラック企業とはパワハラにセクハラ、長時間労働を強制し、残業代などの割増賃金を未払いする企業のことです。

先の相談をした会社員時代。新規事業の立ち上げで朝も昼もない日々が続きました。どうにも手が足りず、新婚だった妻を会社に呼び出し仕事を手伝わせます。それを見ていた同僚や上司が手伝うことはありません。営業マンは裁量労働制という契約で残業代はなく、もちろん、妻への賃金の支払いなどありません。

ブラック企業と呼べない理由

その現場を役員も見ていましたが、会社のスタンスは「勝手にやっていること」。新規事業といっても社命によるものではなく、わたしが勝手に受注してきた仕事に過ぎないという扱いです。そもそも営業方針がなければビジョンも戦略もない会社で、営業マンは各自の売上確保に汲々としており、他人の面倒などみない社風だったのですから当然です。

採算性が見込めるようになり手のひらを返し、事業化に向け肩書きも与えられましたが、それからの方がより勤務は過酷となりました。早朝深夜に土日の出社は当たり前で、交通事故に遭っても勤務していました。いまの基準に照らせば「ブラック企業」かもしれません。しかし「ブラック」と断ずることに躊躇うひとつの理由は、もっとブラックな企業に勤めていたことがあるからです。

あるソフト開発企業です。フレックスタイムの裁量労働で、能力次第で昇給も休日も思いのままという甘い言葉に誘われます。

ブラック企業のヒエラルキー

半年前に入社していたA先輩と、所属部署の課長とが憎しみあっていることに気がついたのは入社から2時間後のことです。A先輩のだす企画を次々と否定するのが課長の仕事のようです。2週間後、先輩の席はなくなっていました。この課長は、自分の望む答え以外を受け付けず、かといって指示もヒントも示しません。部下の能力を斟酌もせず、使えない部下なら、首を切るためにいじめ抜きます。そして彼は社長の片腕。肩書きは課長ですが、社内ヒエラルキーのナンバーツーに君臨し、社内をパワハラで支配します。

ブラック企業の要件にある「長時間労働」も満たしていました。この会社における裁量労働制の解釈とは「肉体の限界まで働ける制度」。みな、終電まで退社しません。終電が早い路線の女性社員には羨望のまなざしが注がれます。しかも終電が終業時刻に影響するのは「女性」だけです。終電がなくなった男性社員は、会社から徒歩20分ほど離れたところにある借り上げたアパートの一室に移動します。複数設置された二段ベッドで寝られるのはベテラン社員で、下々のものは畳敷きに薄い毛布一枚で雑魚寝です。

契約通りでクビ

ブラック企業がブラック足る由縁は、ブラック企業に適合した社員がいることです。彼らがブラック企業を支え、社風をよりブラック化していきます。みなが残業するのは、残業時間が賞与の査定基準となるからです。無能でも会社にいるだけで多くの賞与が貰える仕組みです。人の出入りが激しく、パワハラのターゲットは新人で、既存社員は安全地帯にいるので諫めるものは誰もいません。また、ベテランになるほど周囲に気づかれないように居眠りするテクニックを身につけており、終電まで「在社」することは苦にならないようです。会社も社員も自己利益の最大化を目指し、よりブラック化していく0.2です。残念ながらいまのIT企業でも散見します。

わたしのキャリアで唯一「クビ」を宣告されたのがこの会社。仕事に支障をきたさない程度に「裁量労働制」を裁量で実行し、たびたび会社を休んだことが理由です。休むたびに社長直々に「在社時間と愛社精神の関連性」について薫陶を受けます。理解力に乏しいわたしは同じ過ちを繰り返します。何度目かの注意の後に「我が社始まって以来のクビだ」と宣告されます。それはそうでしょう。家族も連絡先が分からなくなる本当の「蒸発」をしたり、パワハラで逃げ出したり、追い出されたりして、会社を去る社員ばかりなのですからわざわざクビを切る手間は不要です。ちなみに裁量労働と「契約」にあるので「懲戒」にすることは不可能。落としどころは「会社都合」でした。

この会社に比べれば、妻を手伝わせた会社など可愛いものです。なにもしてくれませんでしたがイジメはなく、在社時間を評価する仕組みもないので、遅くなっても帰宅できます。なにより、当時の上司は、仕事は手伝ってくれませんでしたが、帰り際にそっと近づき「奥さんと何か食べて」と些少の小遣いをくれました。在職期間中は彼のためにだけ働いたといっても過言ではありません。その心遣いが「ブラック」と呼ぶことを躊躇わせるもうひとつの理由です。

エンタープライズ1.0への箴言


「ブラック企業はブラック社員とのコラボで生まれる」

宮脇 睦(みやわき あつし)
プログラマーを振り出しにさまざまな社会経験を積んだ後、有限会社アズモードを設立。営業の現場を知る強みを生かし、Webとリアルビジネスの融合を目指した「営業戦略付きホームページ」を提供している。コラムニストとして精力的に活動し、「Web担当者Forum(インプレスビジネスメディア)」、「通販支援ブログ(スクロール360)」でも連載しているほか、漫画原作も手がける。著書に『Web2.0が殺すもの』『楽天市場がなくなる日』(ともに洋泉社)がある。最新刊は7月10日に発行された電子書籍「食べログ化する政治~ネット世論と幼児化と山本太郎~」

筆者ブログ「ITジャーナリスト宮脇睦の本当のことが言えない世界の片隅で」