絶好調のXとY

「任天堂の倒し方、知らないでしょ? オレらはもう知ってますよ」

ある技術者がソーシャルゲームの「グリー」の採用面接を受けた際に、若い面接官が蔑むように言ったとされる台詞で、元記事はニュースサイト「ZAKZAK」にあったものですが、いまはなぜだか削除されております。グリーはもともとミクシィと同時期に生まれた国内SNSでしたが、「釣り☆スタ」「探検ドリランド」といったソーシャルゲームで急成長しました。

そのグリーですが10月2日には約200人の希望退職を実施すると発表し、株価は年初来安値の695円と下落します。倒されるはずの任天堂は上場来高値の7万円を超えたころに比べれば、株価は6分の1とこちらも低調。しかし、上場来高値は家庭用ゲーム機「Wii」のヒットによる「バブル」と割り切れば、それ以前と同じ株価を維持しており、まだまだ倒される気配はありませんし、ポケモンの新シリーズ「X」と「Y」は絶好調です。

コンクリートから人へ以前から

工具メーカーの営業マンK氏は脱サラし工具販売を始めました。ある工業機械の部品を開発したことをきっかけに事業は軌道に乗ります。部品は消耗品で、機械が稼働し、増産されるごとに売上が上がりました。同じ頃、工具のネット通販にも乗り出しましたが、こちらはなかなか売れません。「MonotaRO」や「アマゾン」といった大手の存在だけでなく、生産拠点の海外移転により国内の工具需要は激減しており、また、民主党政権が「コンクリートから人へ」と叫ぶ前から、実は公共投資は減少を続けており建築関連産業である工具市場も縮小していたからです。

K氏は先のヒットで得た資金を「ネット広告」に振り向けます。利益をそのまま持っていれば、法人税として納めなければなりませんが「広告費」なら経費で、さらなる利益の拡大につながるという目論見です。広告を出せば必ず売上が上がります。そして狙い通り売上は上がりました。わたしは広告代理店に務めていた頃、企画した携帯電話販売店のオープニングチラシにより開店前から行列を作ったことがあります。

何もしない方が儲かる

しかし、広告を出せば必ず売上が上がる…とはレトリックです。何もしない平時と比較してであり、広告費以上の利益を出せるという保証はできません。仮に利益を約束できる広告があるなら、広告代理店自らがそのビジネスを手がけることでしょう。携帯電話販売店のオープニングチラシでは多くの利益を叩き出しましたが、タイミングと掲載した商品や内容による勝利です。広告は背中を押したに過ぎません。それが証拠に、その後はチラシの費用を、上回る利益を確保できなくなり、数年と持たずに撤退していきました。

広告は繰り返すことで新奇性も、希少性もなくなり、客の興味は比例して薄れていきます。これはチラシやテレビ、そしてネット広告も同じです。つまり期待できる利益は、必ず減少するのです。回数や範囲を拡大することで補おうとすれば、経費が利益を上回るようになります。つまり、何もしない方が手元に現金が残る状態です。

K氏は検索キーワードに連動する「リスティング広告」を利用していました。これも特定の工具名だけで出稿を続ければ、しばらくもすれば閲覧者は一巡します。出稿量を増やすことで、売上高は維持できても、費用対効果は下落します。K氏は100万円を越えるネット広告費を使い、得た利益が半分にも満たなかった「ネット広告0.2」です。

広告の物理法則

任天堂を倒す予定のグリーも「広告」で成長した企業です。SNSにおいてはミクシィに大きく水をあけられ、モバイル市場に特化しようと目論むも、DeNAの「モバゲー」の登場により苦戦していました。2008年より落ちぶれ貧乏キャラで、再ブレイクしていた「岸部四郎」を起用したテレビCM「金はない。時間はある。」「無料ゲームはgree.jp」を流します。デフレにあえぐ消費者に、無料ゲームは魅力的に映ったのでしょう、快進撃の始まりです。貸金業規制法の施行により消費者金融業がCMを自粛したことから、テレビのCM枠に空きができたことも追い風となります。冒頭の台詞はこのときのものと思われます。

ところが昨年の「コンプガチャ問題」で風向きが変わります。追い打ちをかけるようにガンホーの「パズドラ」が市場を席巻します。時間消費型のスマホゲームは、ユーザーの時間を奪うイス取りゲーム。勝者の席はひとつしかありません。そこでまた大量の広告により巻き返しを図っており、同IR資料によれば前期より19%も増やしています(2013年6月期)。

任天堂の倒し方をわたしは知りません。しかし「広告」の物理法則は知っています。新奇性が薄まれば広告効果は低下するのです。失地回復を目指すグリーが、今年の9月以降、大量に放送するCMは「探検ドリランド」。コンプガチャ問題があきらかになるまで「TOKIO」でCMを繰り返し流していた、いわば過去のもの。低下した新奇性を補うには出稿量を増加させねばならず、100万円の広告費で50万円しか稼げなくなることは珍しいことではありません。また、優秀な社員から離れていくのがリストラの弊害。広告費より雇用の維持に廻した方が…とは、余計なお世話。しかし、大量広告で事態打開を図る様は、倒れていく企業に散見する特徴です。

エンタープライズ1.0への箴言


「広告に頼る販売は必ず壁に当たる。リアルでもテレビでもネットでも」

宮脇 睦(みやわき あつし)
プログラマーを振り出しにさまざまな社会経験を積んだ後、有限会社アズモードを設立。営業の現場を知る強みを生かし、Webとリアルビジネスの融合を目指した「営業戦略付きホームページ」を提供している。コラムニストとして精力的に活動し、「Web担当者Forum(インプレスビジネスメディア)」、「通販支援ブログ(スクロール360)」でも連載しているほか、漫画原作も手がける。著書に『Web2.0が殺すもの』『楽天市場がなくなる日』(ともに洋泉社)がある。最新刊は7月10日に発行された電子書籍「食べログ化する政治~ネット世論と幼児化と山本太郎~」

筆者ブログ「ITジャーナリスト宮脇睦の本当のことが言えない世界の片隅で」