あまロスに捧ぐ

この原稿が公開される頃には終わってしまっているNHK朝の連続テレビ小説「あまちゃん」。執筆時は薬師丸ひろ子演じる鈴鹿ひろ美が北三陸を訪れ、熾烈なジャンケンの末、ウニ丼をゲットしたところ。

単純な視聴率では「倍返しだ!」という決めぜりふが話題となったTBS「半沢直樹」の後塵を拝しましたが、「社会現象」という点では「あまちゃん」の圧勝でしょう。松田龍平演じる「ミズタク」へのアラサー&アラフォー女性の偏愛や、主演の能年玲奈、準主役の橋本愛などの美少女が数多く出演し、AKB48のパロディ的設定によりアイドルファンが食い付いただけではなく、「オジサン」までもがハマった近年まれな作品だからです。いわゆる「オジサン週刊誌」の「週刊ポスト」は勢い余って「アキは太巻の隠し子」と虚報を流した程です。オジサン達は主人公のアキを「理想の娘」と口を揃えます。それは現実の娘からの現実逃避なのかも知れません。

ちなみに「GMT5」のリーダー「入間しおり」こと松岡茉優は、彼女が中学生の頃、朝の子供向け番組「おはスタ」に出演していました。すっかり「女優」となったその姿に、目を細めていたわたしも立派なオジサンです。

ウェブ担も注目していた

放送が終わり気の抜けた、いわゆる「あまロス」向けにお勧めするのが

「北三陸市観光協会ホームページ」

です。

サイトはドラマと連動して更新され、アキが初めてウニをとった動画も掲載され、「さかなくん」が北三陸を訪問した放送日からは『潮騒のメモリーズからのお知らせ』と出して、番組内で流された動画に差し替えられていました。また、震災後は、北三陸駅の大吉駅長からの支援に感謝するメッセージが掲載され、フィクションと理解しつつもうっかり涙がこぼれそうになったものです。

ドラマの鍵となるこのサイトは、小池徹平演じる「ストーブさん」こと「足立ヒロシ」が作ったという設定。多少ウェブの知識があっただけで担当者に命じられたという経緯から、サイトは「素人の手による手作り感」が演出されています。ただ、サイトが公開された時代設定は2008年で、すでに文章が画面を流れる「マーキー」という技術は時代遅れで0.2…と、野暮なツッコミはしません。しかし、北三陸市観光協会サイトに、中小企業がよくやる0.2を見つけるのです。

ウェブの特性を知らない

サイトにある「ご紹介」というメニューをクリックすると観光協会会長菅原保(吹越満)が挨拶をしています。「イベント」をクリックすると、海開きや、ミス北鉄コンテストなど架空のイベントがならび、交通案内を意味するのであろう「アクセス」をクリックできないのは架空の街なので仕方がありません。問題は

「工事中」

です。「観光」「泊まる」「グルメ」の、観光協会としてはいわば主要コンテンツとも言えるこれらが「工事中」になっているのです。もちろん「あまちゃん」はフィクションですし、「作りかけのまま公開する」というのは、素人感を出すための演出なのかもしれません。ところが、この「工事中」を中小企業のサイトに見つけます。今回、イニシャルでも社名を出さないのは、その数が多すぎるからです。

先に挙げた「マーキー」が多用された20世紀のウェブの世界では、「工事中」にも意味が込められていました。近日公開というメッセージで、再訪する頃にはコンテンツが増えていますよという隠喩です。検索エンジンが貧弱で、コンテンツそのものが少なかった時代、「工事中」には訪問者の気を引き、再訪を促す効果があったのです。しかし、いま「工事中」は0.2です。

※筆者注:本稿入校後に最終回を迎えた『あまちゃん』。最終回でちらちら映り込んでいた観光協会のサイトが更新されており嫌な予感がしたので、その時点で画面を保存しました。予感は的中。放送終了後、ドラマに映り込んでいた「最新版」となっており、あいかわらず当該箇所のリンクはありませんが「工事中」の表記はなくなりました。以下のキャプチャー画像でご確認ください。ちなみに「最新版」では、『潮騒のメモリーズ～第2章～』と題して、放送で使われたお座敷列車のライブをフルコーラスで見ることができます。

隠されたメッセージ

諸処の事情から公開が間に合わないことはよくあることです。仮に数日後に完成するめどが立っているのなら「○月○日に公開予定」と告知するのも一手ですが、未定のコンテンツを「工事中」として掲示するのは、サイトへの理解不足、予算不足、人員不足、情熱不足、そしてなにより「おざなり」の告白と同義の0.2なのです。裏返せば、それだけサイトによる広報活動は一般的になっており、だから朝ドラにも「ウェブ担当者」が登場するのです。そもそも印刷物と違い、ウェブは拡張性が高く、メニューを増やすも減らすも思いのままです。つまりコンテンツができてから、メニューに追加するのが「1.0」なサイト運営です。

最後にこれは「あまちゃん」スタッフの遊び心が見て取れるトリビア。観光協会のサイトのHTMLを見てみると、

と記載されています。これは「このコンテンツの製作者は"ヒロシ"」という意味です。

遊び心をもう一つ。主人公アキが加入した直後の『オフィスハートフル』のサイトも公開されています。

エンタープライズ1.0への箴言


「サイトの特徴は拡張性。工事中は公開しない」

宮脇 睦(みやわき　あつし)
プログラマーを振り出しにさまざまな社会経験を積んだ後、有限会社アズモードを設立。営業の現場を知る強みを生かし、Webとリアルビジネスの融合を目指した「営業戦略付きホームページ」を提供している。コラムニストとして精力的に活動し、「Web担当者Forum(インプレスビジネスメディア)」、「通販支援ブログ(スクロール360)」でも連載しているほか、漫画原作も手がける。著書に『Web2.0が殺すもの』『楽天市場がなくなる日』(ともに洋泉社)がある。最新刊は7月10日に発行された電子書籍「食べログ化する政治～ネット世論と幼児化と山本太郎～」

筆者ブログ「ITジャーナリスト宮脇睦の本当のことが言えない世界の片隅で」