書き換えられる伝説

読売巨人軍終身名誉監督の長嶋茂雄氏が国民栄誉賞を受賞する運びとなっております。いわゆる「ミスター」の受賞に異論を挟む人はいないでしょうが、巨人ファンを公言するテリー伊藤氏がテレビで「長嶋さんが頑張る姿を見て、俺たちも頑張らなければと思った」というコメントには異論を挟みます。巨人軍のV9を牽引した「ON砲」のNは長嶋氏で、Oは王貞治氏。一本足打法を身につけるための努力が広く報じられており、頑張る姿といえば王さんの専売特許だったからです。長嶋氏をひとことで評すなら「スーパースター」です。石原裕次郎と並ぶ輝くキラ星です。「頑張る」いう人間基準のあがきの延長上にはない次元に存在していたからこそ数々の「ミスター伝説」が生まれたのです。

豪快な空振りでヘルメットをふり落とす練習までしていたと後日談が暴露されだしたのは、成績不振から監督の座を追われてからです。第一次長嶋政権以後「人間長嶋」がクローズアップされるようになったのは、常識の枠に収まりきらないスター過ぎる言動から、バラエティ番組でネタにされ、ときに嘲笑にさらされていたことへのフォローだったようにも思えます。テリー伊藤氏の「主観」は否定しませんが、昭和時代には人智を越えた「スーパースター」が存在し、彼らは多くの伝説をリアルタイムに作りだしていたことをここに記します。

一攫千金24時間セミナー

ネットのなかは「伝説」だらけです。秒速で1億円を稼いだ伝説を持つものもいます。しかし投資会社の担当者なら秒単位でその数十倍の利益を稼ぐことなど珍しくありません。個人が1億円稼いだことと、投資会社の10億円は違うという指摘は正しくその通り、そしてネットに流布される「伝説」も同じです。前提条件が異なれば、結果への評価も変わります。ネットの中では前提条件を意図的にすり替えた伝説が多いのです。

例えば2カ月で144万円稼いだとします。さて経費はいくらかかったのでしょうか? 仮に100万円なら粗利は44万円、月割りで22万円。ここから所得税やら各種保険を支払えば、手取り収入は20万円を切ります。さらに経費が200万円かかっていれば、56万円の持ち出し=赤字です。

大手新聞社出身のH氏は過去にリリースした「情報商材」のすべてがランキング1位となった「伝説」を誇ります。そのH氏が企画した「一攫千金24時間セミナー」の費用は一泊二日で100万円です。

広げすぎると倒れる扇

ネットとリアルを統合した集客マーケティング、ニッチ市場の攻略コンサルティングを行う傍ら、ビジネススクールやセミナーの運営に加え、情報商材をリリースし、キャッチコピーマーケティングなど事業領域は多岐にわたる。

H氏が自ら語る肩書きです。集客とマーケティングを連結するのは、頭痛が痛い級の珍妙な表現ですが突っ込みどころはここではありません。

H氏はこうしたすべての分野で頂点を極めた「伝説の男」と自称して、それぞれの分野で稼ぐノウハウをメルマガとして発行していました。が、すべて発刊して1年も経たずに「終了宣言」を発し、以後はこのメルマガの内容を「雑談」にすると発表します。発刊の主旨が変わったのなら、廃刊するのが筋ですが、せっかく自腹を切って買った読者を捨てることはもったいなくてできません。情報起業の世界では、メールアドレスの売買は日常的に行われており、個人情報保護法などどこ吹く風です。メルマガはメールアドレスを買い漁り発行するのがこの世界の常識です。

そしてランキング1位という伝説は、内輪の売買によりなしえたものです。端的に言えば、自己購入と、仲間と呼ぶ情報起業家グループの同時注文により、うまれた瞬間的「ランキング1位」だったのです。1秒でも1位になれば嘘はないとは彼らの論理です。だから語れるノウハウは多くなく、実績もないのでネタ切れとなり雑談と化した「伝説0.2」です。

伝説のおとこ

新聞社に勤務していても、記者でなければ、販売局に在籍していたわけでもないので、文章力も販促経験もありません。日の当たる表通りをコツコツと歩き40才を過ぎた頃に、ふと知った「情報起業」の世界に魅せられて退職までした、その幼さ…無垢さは伝説かもしれません。こんなはずじゃなかったと自問自答しながら、いまも伝説を創作し続けています。先の24時間セミナーもその一環。万が一、応募者が現れれば「100万円のセミナー売った伝説」が生まれ、売れなくても「100万円のセミナーを企画した伝説」と騙ります。応募がきてから、ホテルを予約するのでリスクはゼロというのが伝説創作の舞台裏です。うっかり騙されるものが現れないことを祈るばかりです。

伝説とは自ら語るものではありません。ミスター伝説も周囲が語ったものに、テリー伊藤氏のようなファンが尾ひれがつけて完成したものです。そしてミスターと並べて記す不遜をお許し願うなら、わたしも小さな伝説を持っています。

社会人となり3年目の春、母校から後輩が入社してきました。あるとき、話題が体育祭となり、敵陣が立てた棒を倒す「棒倒し」という競技がなかった理由を語り始めます。後輩は彼らが入学する2年前の体育祭で、3年生の集団を相手に、1年生がたったひとりで大立ち回りを演じた乱闘事件がおこり、それを理由に以後、中止になっていると、乱闘現場にいた体育教師から聞いたそうです。一度はやってみたかったと愚痴をこぼす後輩に、わたしは頭を下げます。その一年生は私です。そう伝説とは「棒倒しをなくした男」です(※)。

エンタープライズ1.0への箴言


「自ら語る伝説の大半が妄想」


※ それからさらに数年後、復活したと風の噂で耳にし、ホッとしております。
宮脇 睦(みやわき あつし)
プログラマーを振り出しにさまざまな社会経験を積んだ後、有限会社アズモードを設立。営業の現場を知る強みを生かし、Webとリアルビジネスの融合を目指した「営業戦略付きホームページ」を提供している。コラムニストとして精力的に活動し、「Web担当者Forum(インプレスビジネスメディア)」、「通販支援ブログ(スクロール360)」でも連載しているほか、漫画原作も手がける。著書に『Web2.0が殺すもの』『楽天市場がなくなる日』(ともに洋泉社)がある。

筆者ブログ「ITジャーナリスト宮脇睦の本当のことが言えない世界の片隅で」