作家という業

日経新聞の人気連載「私の履歴書」で作家の渡辺淳一さんは、若き日の男女交際どころか、浮気経験をまさしく「赤裸々」に語り、この厚顔さこそ彼の提唱する「鈍感力」なのだと感心しましたが、物書き稼業というのは、自己の内面の告白であり、そこからすれば過去の女遊びの披瀝などたかがしれているのかもしれません。勝手に暴露された相手にとっては、甚だ迷惑な話ですが、これも「鈍感力」で突破されるのでしょう。

渡辺淳一さんに負けず劣らず、最近は一般人でもソーシャルメディアでプライベートを披瀝します。Twitterなどで見かける飲食店の情報など、他愛のないものと気楽に投稿していますが、店舗名まで明らかにしたとき、食べログの平均予算から「フトコロ事情」まで漏れていることに気がつく人は希です。さらに「投稿頻度」から、日々の充実度を推し量れます。オフタイムに頻繁に投稿しているということは、アフターファイブにツイート以上の楽しみがないという証左ですし、ビジネスタイムにのべつまくなしツイートしていれば、ろくな仕事をしていないという秘密の暴露です。

女性記者のSは、のべつまくなしツイートしています。日々の雑感はもちろん、ネット情報に機敏にアクセスしては「拡散」します。その機動力の高さに記者の片鱗を見つけるのですが、あまりにも多いツイート回数に、その記者としての仕事をしている時間が見えてきません。

読者からの質問

ある昼下がりは閉店するイタリアンレストランについてツイートします。食事は美味しく、ワインのセンスも良く、閉店が惜しまれるという主旨で、読者に来店を促し、さよなら会と称し先ほど足を運び、昼下がりのワインを楽しんできたとセレブな告白をします。これに噛みついたフォロワーがいました。

「昼間からワインを飲んで記者の仕事ができるのでしょうか」

彼女は仕事の空き時間だと主張し、ワインも嗜む程度だったと抗弁します。フォロワーは記者が所属する会社の広報にまで確認すると、こう回答がありました。

「職務的に休憩時間などが不規則になることがあり、時間管理は各記者に任せている」

これは本当のこと。一般的な事務職や工場勤務のように、時間区切りで動ける職種ではありません。飲酒については、商談の席で軽く一杯と昼間から振る舞われることもあり、ハンドルを握る仕事でなければ程度の問題に過ぎません。そして頻繁なツイートも「空き時間」だと強弁します。しかし、自由業に近い記者という職業でも、彼女は会社員。他の社員の手前もあり、野放しは如何なものかと思うフォロワーの気持ちも、余計なお世話ながら分からなくはありません。しかし、S記者と所属する会社には事情があったのです。

最強のソーシャル人事

S記者はよく言えばしなやかで自由、平たく言えば「問題児」でした。気ままな発言はリアルでも変わらず、小さなトラブルなら日常茶飯事です。しかし、彼女はとあるVIPのご令嬢で、コネによる入社です。また親族に多くのセレブや作家がいて、彼女のご機嫌を損ねようものなら、そちらの方面からのプレッシャーがかかります。新聞や出版も含めたマスコミ業界において「コネ」はいまだに最強の後ろ盾です。

そして彼女のツイートのもっとも熱心な読者は彼女の上司です。譴責のためではありません。なにをしでかすか分からないS記者を監視するためです。トラブル発生が予想されるツイートがあれば先回りして火を消し、失言をみつければやんわりと注意を促します。組織に属していながら、組織に捕らわれない自由なツイートを自慢する彼女のツイートは、上司にとっては犬の散歩に用いる「リード」と同じ。社内はともかく、他人様に迷惑をかけないようにするのが上司の腕の見せ所です。自由気ままにツイートしているつもりが、巧みに上司に手綱をコントロールされている「ツイート0.2」であることに彼女は気がつきません。

行動を捕捉されている

S記者はセレブ。名門のお嬢様学校を卒業し、同級生には歴史に名を残す政治家の孫や、貴族の末裔がわらわらといました。そして特別扱いを当たり前として育ち、特別扱いしてくれる会社にはいっており、周囲のお膳立てのなかで生きてきました。記者でありながら、ほとんど記事を書かせて貰えないことと、奔放な行動とツイートが咎められない理由について考えることも、気がつくこともありません。そんな彼女が、昼からワインを飲んだなど些細なこと。いっそ、酔いつぶれてくれた方が、仕事が減るとツイートしたい気持ちを上司はグッとこらえます。

多くの人が深く考えずにツイートしています。そこから個人情報はダダ漏れです。もちろん、S記者のように特別扱いが当たり前の環境にいたり、渡辺淳一さんのように、不倫相手の家に乗り込み、施錠のチェーンを壊そうとして警察に呼ばれたりする話しを平気で語れる「鈍感力」があれば話は別ですが、一般人にはリスクが大きすぎます。ツイートの内容はもちろん、その「頻度」も個人情報であることをお忘れなく。

エンタープライズ1.0への箴言


「上司から見たツイートは飼い犬のリードと同じ」

宮脇 睦(みやわき あつし)
プログラマーを振り出しにさまざまな社会経験を積んだ後、有限会社アズモードを設立。営業の現場を知る強みを生かし、Webとリアルビジネスの融合を目指した「営業戦略付きホームページ」を提供している。コラムニストとして精力的に活動し、「Web担当者Forum(インプレスビジネスメディア)」、「通販支援ブログ(スクロール360)」でも連載しているほか、漫画原作も手がける。著書に『Web2.0が殺すもの』『楽天市場がなくなる日』(ともに洋泉社)がある。

筆者ブログ「ITジャーナリスト宮脇睦の本当のことが言えない世界の片隅で」