プログラマ世代間格差

世間を騒がせている「遠隔操作ウィルス」。TBSや弁護士に届いた犯行声明で、騒動を起こすことだけが目的の「愉快犯」だと告白しています。必然的に「犯人像」に注目が集まるのですが、2012年10月18日の読売新聞夕刊に面白い記事を見つけました。

解析にあたった「シマンテック」の浜田穣治主任研究員は、使用されたプログラミング言語が2000年にマイクロソフトが発表した「C#」であることから、その利用者の多い「20~30代」が犯人だと指摘します。一方、情報セキュリティ会社「ラック」の西本逸郎最高技術責任者は「40才以上」と見立てます。ネットが普及してからプログラムを学んだ世代は、既にあるプログラムから引用するのが一般的で、いちから自分で組み上げるアプローチを無駄な遠回りという揶揄を込め「車輪の再発明」と呼びます。この「愉快犯」の書いたプログラムには他からの流用がみられないことから「練習問題のようなプログラムをいくつもこなした一昔前のプログラマーでは」と推測するのです。

それぞれに長短所があります。時代というのは進んでいるようで、進みすぎたがゆえに足踏みをすることもあるのです。

新しいものが良いのか

他人のプログラムを引用することで開発スピードは上がります。特に「オープンソース」という流れは、プログラム(ソース)を公開(オープン)し、プログラマ同士が互いに検証し改良することで進化速度を速めました。反面、誰でも「引用」できることがリスクを生み出します。じつは西本さんの指摘には含みがあり、「ウィルスプログラム」も同じく公開されているのです。つまり、小学生でも「引用」できる状況が、ウィルスの進化速度を速めています。

そして車輪の再発明を否定することは、経済合理性からみれば頷けますが、根本的な技術進歩と同義ではありません。なぜなら、技術者とは「より転がる車輪」を求める人種で、解析や現状分析という「再発明」とおなじプロセスを辿るものだからです。

哲学者の適菜収さんが産経新聞で以下のように指摘していたことを思い出します。

今では誰もが携帯電話を使いこなしている。しかし、ほとんどの現代人はケータイの構造を理解していない。与えられたものを便利だからと使っているだけであり、200年前どころか原始人となにも変わりはしない。

まるで不動産業のT社長のための言葉です。

自分でネットワーク構築

T社長がパソコンに目覚めたのはここ5年ほどのことです。中学生になった子供がねだったので買い与えたものの、本人はすぐにケータイに乗り換えて、リビングに放置されていたノートパソコンをさわり始めたことがきっかけです。商業高校を卒業していますが、彼が通っていた頃には「情報処理科」などなく、算盤を片手に簿記の資格を取ったぐらいの素人です。それが最近では社内ネットワーク(LAN)を自分で構築するまでになっていました。もっとも昔に比べれば簡単にネットワークを組むことができるようになっており、購入時からパソコンには、ネットワーク接続の端子や機能が標準装備されており、裏蓋のネジを外し「LANボード」を接続していた時代の苦労は不要です。そして先日、ネットワーク上にNAS(ネットワーク用のハードディスク)を接続します。これにより、物件写真や図面などをすべてのパソコンから共有できるようになったと自画自賛します。

ネットワーク上のハードディスクにあるデータを利用するため女性社員がマウスを連打します。機材の進歩でネットワーク上の機器をストレスなく使えるようになりましたが、「体感」レベルでいえば、パソコン内蔵のハードディスクとの差を感じる人もいて、彼女はいわゆる「せっかち」でした。ある日、ハードディスクがクラッシュします。

異常な禁止令

容疑者を通り越し、いきなり犯人として女性社員を名指しするT社長。罪状は「マウスの連打によるハードディスクの破壊行為」です。そして「クリック制限令」が発布され「クリックはゆっくり、丁寧に」と交通標語のようなルールがオフィスに貼り出されます。便利になった果てに生まれた「オカルト0.2」です。クリック連打で壊れるハードディスクなどありません。

ハードディスクは機械ですから、予告なく壊れることがあります。しかし、ハードディスクが一定時間に受け取れる命令の数は限られており、それを越えた命令は無視する仕組みになっています。また、ネットワークも能力以上の命令は無視するようになっており、そもそもマウスの連打も一定数以上は無視するのです。機械は故障以外の理由で、設計された動作速度を超えることはできません。そこで限界に達したときには機能の強制停止も含む「無視」で対応するのであり、人間のように「気合いと根性」で乗り切ることはありません。これは制御システムの基本で「車輪の再発明」をしていれば必ず学ぶ基本です。パソコンの性能が上がり、価格の下落も手伝って、基礎的な情報処理の仕組みの知識がなくてもネットワークを構築できるようになったがために生まれた「オカルト」です。ちなみに、ファミコンの高橋名人が連打し続けたとしても、ハードディスクの前に壊れるのは物理的な刺激を受けるマウスの方です。

エンタープライズ1.0への箴言


「原理を理解していないことから生まれるオカルトは多い」

宮脇 睦(みやわき あつし)
プログラマーを振り出しにさまざまな社会経験を積んだ後、有限会社アズモードを設立。営業の現場を知る強みを生かし、Webとリアルビジネスの融合を目指した「営業戦略付きホームページ」を提供している。コラムニストとして精力的に活動し、「Web担当者Forum(インプレスビジネスメディア)」、「通販支援ブログ(スクロール360)」でも連載しているほか、漫画原作も手がける。著書に『Web2.0が殺すもの』『楽天市場がなくなる日』(ともに洋泉社)がある。

筆者ブログ「マスコミでは言えないこと<イザ!支社>」