Web業界にない「反省」と「節操」

「LINE」を持ち上げる声が日に日に高まっています。LINEとは、韓国最大のインターネットサービス会社の日本法人「NHN Japan」が運営する無料通話&メールサービスで、スマートフォンの「アドレス帳」に登録した人と気軽にコミュニケーションを取れることから若者を中心に利用者が増え、1年ちょっとの399日で利用者5,000万人を突破したという発表がなされました。5,000万人に到達するのに、Facebookは1,325日、ツイッターでも1,096日を要したことから、その普及速度は驚異的で、そこから次世代SNSの主役になると大騒ぎされているのです。

Web業界のいつもの祭りが始まりました。株式公開でのFacebookのつまずきを見て、「識者」や「関係者」がポジション調整に動き出したのです。平たく言えば、Facebookを礼賛し尽くした過去の発言を亡きモノにするために、実は「LINE」こそが本命だったと慌てて上書きしているのです。Web業界関係者のFacebookから「LINE」への宗旨替えの早さには、呆れる感情を通り過ぎて感動すらしてしまいます。彼らの辞書に「反省」と「節操」の2文字はありません。

しかし、LINE躍進の原動力は「無料通話」で、PHSの「ウィルコム」が躍進した理由と同じです。つまり、ユーザーがLINEに飛びついた原動力はSNSとしての機能ではありません。

LINEの安心感が閉塞感に変わるのも時間の問題

LINEを運営するNHN Japanの森川亮社長は日経新聞の取材に対し、以下のように躍進した理由を答えます。

「『クローズド(閉じた)なつながり』にこだわった点だろう」

オープンなFacebookと違い、スマホのアドレス帳にある人としか繋がることができないことが安心感を生み出したのではないかというへの自画自賛です。しかしこの方針は日本において、皮肉にもFacebookと同じ爆弾を抱え込むことになるでしょう。

すでに日本人のFacebook利用で問題となっているのが、「知り合いにすべて知られてしまう」ことです。日本人は家庭、仕事、地域社会、友人と、状況により仮面を使い分けて生活しており、このすべてが「見える化」されるFacebookの不利益を感じているのです。アドレス帳に限定したより狭い世界では、安心感が閉塞感に変わるのは時間の問題です。SNSは長所が短所に、デメリットがメリットになりやすい世界なのです。

複数のコンビニやレンタルビデオ店を経営するF社長がダーツバーをオープンしました。昔なじみのビルのオーナーが、ベッドタウンの駅前にあるテナント物件を破格の条件で貸してくれるというのです。一部には景気の戻りを指摘する声もありますが、都心を少し外れるとまだまだ借り手がつかない物件は多く、半年間は相場の半値以下で貸し出し、その後、利益が見込めるようならそれ以降の家賃は相談して決めようという借り手に有利な契約です。ビルのオーナーにとっては、空き店舗で寝かせておくよりも、固定資産税の足しになるほうがマシという目論見もあります。

ダーツバーに閑古鳥が鳴いた理由はSNS

独身寮や学生が多く住む街で、近隣にライバル店はありません。メイン通りから少し外れるも、駅から近い、なかなかの好立地で、運営経費を抑えることができれば利益が期待できます。そこにF社長がダーツバーを開いた理由があります。「手間いらず」です。

ショットバーのバーテンダーや、ガールズバーにおける「女の子」の人件費も不要で、居酒屋やレストランのように調理師を雇う必要がなく、冷凍食品を温める電子レンジを用意すれば事足ります。F社長は20世紀末のビリヤードブームの時に、同じアプローチでひと山当てており、夢よ再びです。

徹底的に経費を抑えます。開店費用はもちろん、室内装飾や諸処の備品は「どうせ、うす暗いからわからない」と100円ショップを活用します。さらにビリヤードブームの20世紀と違い、インターネットが普及しており、これを活用すれば広告宣伝費は不要と見積もります。また「ホームページ」を作れば制作業者への支払いが発生しますが、「Facebookページ」なら無料で作ることが可能とどこかで聞いてきました。しかもこうしたSNSは、客同士が勝手に交流を始めるので、店側に管理人や責任者を置く必要がないと夢の広報媒体を手にした思いです。

そして突貫工事でオープンするも、1ヵ月後には閑古鳥が鳴いていました。需要がなかったわけではありません。理由はSNSにあります。

21世紀にも生きることわざ

開店直後は客が入りました。週に何度も足を混んでくれた「常連予備軍」も現れました。今どきの若者ですから、スマートフォンを操ってFacebookにログインして、ダーツバーのページに「いいね!」をクリックします。しかし、店からのリアクションはなく、新しい投稿もありません。

それは当然です。F社長が「手をかけるな」と命令を出していたので、雇われ店長もアルバイトも更新せずにいたのです。すると、Facebookページを介して客同士が仲良くなり始めました。ここまでは思惑通りです。しかし、今度は客同士が直接連絡を取るようになり、会社や学校の近くの別のダーツバーで落ち合うようになってしまったのです。放置しすぎた「交流0.2」です。

客同士が交流することは店の盛り上げに貢献します。しかし、客同士だけでの交流が深まれば、店へのロイヤリティ(忠誠心)がなくなるのは当然のこと。客同士によるネットも含めた店外での交流は両刃の剣なのです。多くは無料で利用できるSNSですが、商売用としての活用を目指すなら、店側、企業側からの細かなケアが必要で、「担当者(なかのひと)」を配置しなければならず、勤務時間の更新を許すか、実働時間の時給を約束する必要があるでしょう。

放置すればF社長のダーツバーのようになり、無給でSNSの管理を命じれば、スタッフが仕事に不満を覚えた時、偽名アカウントを使って自作自演の「炎上」を起こされるリスクも生まれます。「タダより高いものはない」ということわざはSNSにも当てはまるのです。

エンタープライズ1.0への箴言


「SNSの導入時は人件費を費用計上しなければならない」

宮脇 睦(みやわき あつし)
プログラマーを振り出しにさまざまな社会経験を積んだ後、有限会社アズモードを設立。営業の現場を知る強みを生かし、Webとリアルビジネスの融合を目指した「営業戦略付きホームページ」を提供している。コラムニストとして精力的に活動し、「Web担当者Forum(インプレスビジネスメディア)」、「通販支援ブログ(スクロール360)」でも連載しているほか、漫画原作も手がける。著書に『Web2.0が殺すもの』『楽天市場がなくなる日』(ともに洋泉社)がある。

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