役所の中の役所」の財務省

すっかり「財務省のポチ」と呼ばれるようになった野田首相。これは、増税は財務省が待ち望んでいることであり、政治生命まで懸けると恭順を示す姿が飼い主に従うワンコのようだという揶揄です。顔は国民ではなく、財務省にだけ向いており、それは菅政権での財務大臣時代に財務官僚による「しつけ」が完了しているからだと言う人までいます。

その財務省は「役所の中の役所」と呼ばれています。これは、予算を振り分ける財務省は役所の中で最も力があるという意味です。さらに、政権交代後の鳩山政権で、予算を作る能力のなかった菅直人副総理が、財務省に泣きついてからは自民党時代以上に強い影響力を持つようになったと言われています。まるで社長をアゴで使う経理部です。あるいは家計を預かる専業主婦が最大権力を握るサラリーマンの家庭……は普通にあるかもしれませんが。

財務省が増税を望むのは、天下り先を増やし私腹を肥やしたいだけではありません。この国の財政状況は収入以上の借金を毎年繰り返しており、これを解決するには増税しかないというのが財務省の論理です。今回の増税法案(税と社会保障の一体改革とだそうですが)で消費税を10%に引き上げることができれば13.5兆円の収入が増えて健全化へと向かう……というのは取らぬ狸の皮算用。数字ばかり見ていると、現実が見えなくなります。

経費で処理される社長のぷっちんプリン

ご存じのように、消費税とは取引にかかる税であり、税負担の増加を嫌い消費が落ち込めば、経済は停滞し法人税や所得税が落ち込みます。すると、増収どころかトータルでマイナスになることは、1997年の消費税増税後の税収の落ち込みで実証済みです。これを回避するには景気対策はもちろん、雇用と絡めた法人税減税など、総合的な政策で挑まなければならないのですが、こちらに真剣な表情は見えてきません。ここも今回の増税が財務省主導であると言われる理由です。

俗に「役人仕事」と言われるように、役人は自分の仕事だけに専念する習性があり、お金の出入りの管理を本文とする財務省から見れば、産業振興は経済産業省、雇用や賃金は厚生労働省、全体的な景気対策は政治の仕事で、彼らにとっては無関係の領域なのです。役所の中の役所が、役所らしくない仕事のやり方をするわけがありません。

運送業のS社には女帝と呼ばれる古参社員Kさんがいました。社長ですらKさんに頭が上がりません。バブル経済に浮かれて放漫経営を続けていた同社を、予算管理で救ったのがKさんだった……というのは表向きの理由。社長の私的流用の疑いの濃い領収証をKさんが処理しているからです。ダブルのスーツに身をまといヒゲを蓄えロマンスグレイを気取って見せる社長が、会社の経費で「ぷっちんプリン」を食べているのを知っているのはKさんだけです。結果、Kさんは次第に経営にまで口出すようになりました。

オートフィルは知らずとも予算は作成できる

経理は天上界から人間界を見下ろすように、お金の流れを俯瞰することができます。客に嫌みを言われ、荷下ろしに汗を流す社員の顔はなく、お金を表す数字だけがある純粋な世界です。それを「経営」と錯覚する人は少なくありません。税理士や会計士で「経営コンサルタント」を名乗る人が多い理由です。数字を操作するだけで儲かると思い込みます。そして、Kさんが作成した来年度の利益目標を数値化した「予算案」を社長は了承します。

予算案の作成方法はこうです。Excelに前年度の営業マンの個人別粗利を入力します。その隣に粗利に15%プラスした数字が表示されるような数式を入力し、これを人数分作成します。数値を連続して変化させながらコピーする「オートフィル」を知らなかったKさんのITスキルはご愛敬です。つまり、一律粗利目標をアップさせただけの「予算0.2」です。そこにあるのは数字だけで、営業方針も事業目標もない机上の空論、いや机上の暴論です。

10%ではそもそも足りない

Kさんの予算を社長が丸呑みしたのは「ぷっちんプリン」のせいではありません。予算案に並ぶ数字に目が眩んだのです。たった15%粗利を上げるだけで、こんなにも儲かるのだとタヌキの皮を数えました。まるで増税すれば、財政再建ができ、社会保障の充実も実現できると財務省の「絵に描いた餅」によだれをたらす野田首相のようです。

当然のように予算は達成されず、社長の怒りの矛先は営業マンに向かいます。こんなにも素晴らしい予算案を達成できなかったのは、営業マンの頑張りが足りなかったからと詰るのです。しかし、上場企業の社長が株主総会で「社員が働かない」と愚痴をこぼせば、すぐに解任の動議が出されます。

予算案という数字を見せただけで社員が結果を出せるのなら、小学生でも社長になることは可能で、民主党のマニフェストはすべて実現できたことでしょう。目標を掲げたなら、そこに至るロードマップや取り組みも同時に示すのがリーダーの仕事です。消費税を増税するなら、ベースとなる市場規模の維持や経済発展への道筋を示すのも我が国のリーダーである野田首相の仕事のはずですが、ご主人様の指示以外はピクリとも動かないところでも忠犬ぶりを発揮しています。

エンタープライズ1.0への箴言


「机上の暴論に注意」

宮脇 睦(みやわき あつし)

プログラマーを振り出しにさまざまな社会経験を積んだ後、有限会社アズモードを設立。営業の現場を知る強みを生かし、Webとリアルビジネスの融合を目指した「営業戦略付きホームページ」を提供している。コラムニストとして精力的に活動し、「Web担当者Forum(インプレスビジネスメディア)」、「通販支援ブログ(スクロール360)」でも連載しているほか、漫画原作も手がける。著書に『Web2.0が殺すもの』『楽天市場がなくなる日』(ともに洋泉社)がある。

筆者ブログ「マスコミでは言えないこと<イザ!支社>」