公用語を英語にした楽天がグローバル化で敗北
国内最大の電子商店街を運営する「楽天」は、社内公用語を「英語」にすると宣言しました。目的は世界進出です。ところが来月末に中国市場から撤退します。中国ネット検索最大手の「百度(バイドゥ)」との提携を解消し、中国国内向けに運営していた仮想商店街を閉鎖するというのです。インターネットビジネスは「1位の総取り」という傾向が強く、中国国内でシェアが奪えなかったことを理由としていますが、筆者はその背景に「文化の違い」があると見ています。
実は、多くの国内IT企業が海外進出に苦戦しています。あるソーシャルゲーム企業は「金を使わせるフォーマット」を持っていると豪語していました。ユーザーを無料で遊ばせておいて、一定のタイミングでイベントを仕掛けると、高確率で金を払うというのです。これを英語に翻訳すれば、世界中で儲けることができると目論見、海外進出しました。ところが、日本以外の地域では無料ゲームに金を払う人は少ないのです。これは「言葉」の違いではなく「文化」の違いです。
少子高齢化により縮み行く日本市場から、海外に目を転じるのはわかります。しかし、「グローバル化=英語化」ではありません。確かに「言葉の壁」は存在しますが、英語圏に育てば、小学生でも「ネイティブスピーカー」で、英語が話せるだけでは意味がないのです。どれだけ流暢に言葉を操っても、語る中身がなければ誰も耳を傾けません。
コンプレックスという獣
国内にも「言葉の壁」がありました。昭和時代の東京では、「方言」を使うと「田舎モノ」とバカにする人が少なからずいたのです。北関東の健康食品製造業のM社長は「東京人」に「方言」をバカにされた経験がコンプレックスになっていました。
同じコンプレックスを筆者も持ちます。小学校1年生の夏休みに高知県は四万十川のほとりから東京に引っ越してきました。話す言葉は「土佐弁」。そして「田舎モノ」と虐められました。子供は異質な存在に残酷です。今でも女性アナウンサーのイントネーションの悪さが気になり、テレビに突っ込みを入れてしまうのはコンプレックスからくる過剰反応です。
M社長は社員に自社のサイトに設置したブログを自由に書かせていました。たまたま見かけたエントリーに「方言」を見つけます。それは「話し言葉」で書かれた他愛のないものでした。しかし、コンプレックスという獣は理性でコントロールするのは困難です。全国展開する我が社が発信する情報に「方言」は似つかわしくないとして「方言禁止」を発布します。
いわば、「標準語の社内公用語化」です。まずは「ブログ」から「方言」を締め出します。
方言禁止で崩壊するコミュニケーション
効果はすぐに現れました。それまでほぼ毎日更新されていたブログのエントリーが激減し、アクセス数も急減します。「書きづらい」と社員の筆が鈍ったのです。「方言」と意識せずに使っていた言葉を意識して外すことは相当な難技であり、国語のテストの解答を書いているような息苦しさを感じる社員もいました。時折織り込まれる方言に微笑を浮かべていた同郷のブログのファンも、特徴のない標準語には感情移入が難しく、訪問者減少となる悪循環です。
「方言」とは地域の「文化」であり、人となりを表す「個性」といってもよいでしょう。日本各地で「標準語風」の言葉が多くなりましたが、それでもイントネーションや用いる単語に「個性」が現れます。方言禁止とは、「個性を殺してブログを書け」と命じるようなものです。いわば、「公用語0.2」。
M社長が賢明だったのは、この愚かさにすぐに気が付いて撤回したことです。若い社員ほど東京へのコンプレックスがほとんどなく、生まれ育った北関東の文化に誇りを持っていることを知り、胸が熱くなりました。
余談ですが「標準語」を「共通語」と呼び替えることに違和感を覚えます。なぜなら「方言」における表現力は「標準」を軽く凌駕しているからです。
多国籍と無国籍
先に述べたように、グローバル化と英語化は別問題です。「グローバル」とは国境を越えた視点や活動を表し、そこで流通する言葉が北京語かスワヒリ語かは関係ありません。事業の必然性なら、海外事業部だけを「英語化」すればよいだけのことです。しかし、「英語公用語」という発想に「日本人」を見つけます。
世界でiPhoneを販売する「アップル」は天下御免のグローバル企業ですが、創業者の故スティーブ・ジョブズ氏は現代のアメリカンヒーローです。また、検索エンジンの覇者「グーグル」の広告サービスの利用料は、以前はダブリン、いまは香港にある関連会社に支払うほどのグローバルカンパニーですが、だれもがアメリカの企業と口を揃えることでしょう。ファイザー、P&G、コカ・コーラ、ナイキなど、すべグローバルに事業を展開しますが、彼らが「星条旗」を捨てることはありません。
つまり、自らを育ててくれた母国の言葉をないがしろにするその姿は自虐的であり、欧米人への「コンプレックス」を抱える、悲しくも戦後の「日本人らしさ」がそこにあります。
「できるまでやめない」
これは「楽天」の創業者の三木谷浩史氏が「WEB GOETHE(ウェブゲーテ)」で語った成功法則です。自身を「しつこい」とまで形容する彼の撤退に、中国ビジネスの難しさが垣間見えます。それは以前取材した元楽天社員が端的に語ってくれました。
「とにかく金を払わない」
代金の回収が最も難事業だったというのです。こもれやはり「文化」の違いなのかもしれません。
エンタープライズ1.0への箴言
「言葉は文化。国家を捨てる多国籍企業はない」
宮脇 睦(みやわき あつし)
プログラマーを振り出しにさまざまな社会経験を積んだ後、有限会社アズモードを設立。営業の現場を知る強みを生かし、Webとリアルビジネスの融合を目指した「営業戦略付きホームページ」を提供している。コラムニストとして精力的に活動し、「Web担当者Forum(インプレスビジネスメディア)」、「通販支援ブログ(スクロール360)」でも連載しているほか、漫画原作も手がける。著書に『Web2.0が殺すもの』『楽天市場がなくなる日』(ともに洋泉社)がある。