「まんべくん」と「てくにゃん」

ツイッターを巡る「失言事件」が後を絶ちません。ニュースサイト「47NEWS」の公式マスコット「てくにゃん」は「無期懲役とは事実上の無罪放免」と述べ、また、北海道長万部町の公式キャラクター「まんべくん」は「どう見ても日本の侵略戦争が全てのはじまりです」と発言し、どちらも炎上後、責任者の謝罪へと発展しました。

ツイッターをはじめ、ブログやメルマガを始めるにあたり「キャラ」を設定するメリットは、性別や年齢を超越でき、現実とは切り離した別人格を演じられることです。しかし、私はオススメしません。

どちらの事件も「中の人(なかのひと:着ぐるみなどのスーツアクターを指し、ネットではサイト運営者や公式ツイートの担当者)」の個人的な「思想」がこぼれたものですが、換言すれば、「キャラを演じきれなかった」ということです。実はキャラを演じるというのは、とても難しいことなのです。

キャラを演じるとは嘘をつくこと

前述の「てくにゃん」のプロフィールには「世界を飛び回るスーパーにゃんこ」とあり、「まんべくん」はカニ、ホタテガイ、アヤメが合体したもので、身長は1m50cmから1m90cmと変化する(ウィキペディアより)そうです。

自由に飛行機を乗り降りするネコは寡聞にして知らず、甲殻類と二枚貝、さらに植物が同居する生物がいたとしたら、すぐに捕獲され、然るべき機関の管理下に置かれツイッターでつぶやくことなど不可能でしょう。もちろん、こうした指摘は「野暮」というものですが、「フィクション=嘘」とすれば、キャラを演じるとは「嘘」をつき続けることなのです。

自然食品のネット通販をはじめたS社長は子持ちのアラフォー女性。自然食品や健康食品のネット通販は対面販売と同じく、売り手と客の「人間関係」が重要で、購入前はホームページやブログ、メルマガなどで信頼と親近感を与え、購入時に同封するサンクスレター(礼状)やフォローメールなどにより売上を積み上げていきます。ホームページに掲載すれば売れると言うほどネット通販は甘い世界ではありません。

ところが、S社長はネットが苦手です。

BBSで負った「ネットのトラウマ」

独立起業する前のS社長はコンピュータ関連の企業に勤めており、インターネットは黎明期から利用していました。クリックするごとに開かれる「世界」にはまっていく自分を実感し、なかでも「BBS」にはまりました。BBSとはいわゆる「電子掲示板」で、さまざまな階層に属すると思われる参加者との交流にときめいたのです。

しかし、不用意な一言から、今で言う「炎上」が起こり、その際に浴びせられた人格までも否定する罵詈雑言がネットへのトラウマとなりました。

ネット通販を軌道に乗せるため、トラウマを乗り越えメルマガに取り組む決心をしました。ツイッターも検討しましたが、短文が並ぶタイムラインはツリー構造のBBSを連想して手が止まったのです。また、ブログを避けたのもコメント欄の「炎上」が恐怖の記憶を刺激します。

スタッフに任せなかったこともトラウマからです。BBSで執拗に絡まれた記憶がストーカーと重なり、女性ばかりのスタッフに危険が及ぶことを怖れたのです。虐めた側は忘れても、虐められた人の記憶の溝が深いのは、リアルもネットも同じです。

そこで、メルマガは「別キャラ(人格)」で取り組むことにしました。炎上したとしても、別人格にしておけばリアルの生活と切り離せるという目論見です。

30代前半の独身。付き合いが長い恋人はいるけど、まだお互いに「結婚」には踏み出す勇気がない。自分磨きに余念がなく、美を追究していくなかで自然食品とS社長に出会い、いつのまにやらメルマガ担当に

これが、S社長が演じるキャラのプロファイルです。

ボロが出る、足が出る

まず、長女の遠足用のお弁当を作るために早起きしたエピソードで筆が止まります。薄もやに輝く朝日の美しさを語ろうにも、早起きした理由を思いつきません。彼氏とのデートエピソードを紹介しようにも、旦那とのデートはもう何年も前の出来事で、プレイスポットの流行やファッションはすっかり変わっています。

また、アラフォーの身で気になるのは「ドモホルンリンクル」ですが、設定年齢は30代前半にしたためにうっかり触れることもできません。別人格の設定によって何も語れなくなった「キャラ0.2」です。商品紹介ばかりが並ぶメルマガで人間関係を構築できるわけもなく、ネット通販は苦戦を続けています。

S社長の例から「キャラ立て」の難しさが見えてきます。S社長は辛うじてバブル経済を経験していますが、設定したキャラの30代前半は社会に出てからデフレ経済続きです。室内通話専用のコードレスフォンしかなかった青春時代と、インターネットも利用できるケータイ電話を自在に使いこなす人生では行動半径が自ずと違ってきます。

こうした違いをキャラの視点に立って語る、すなわち「嘘」をつかなければならないのが「キャラ」なのです。また、キャラを演じ続ける限り、「キャラの発言=ついた嘘」を記憶し続けなければなりません。それは普通の人には到底無理なこと。だから、私はキャラ立てを奨めないのです。

キャラを演じきれないことは、人としては悪いことではありません。それは「嘘をつけない性格」ということでもあるからです。反対にキャラを完璧に演じきれるということは……、フィクションを構築する作家の才能が溢れている人であろうということにしておきましょう。

エンタープライズ1.0への箴言


「キャラを立てるとは嘘を突き通すこと」

宮脇 睦(みやわき あつし)
プログラマーを振り出しにさまざまな社会経験を積んだ後、有限会社アズモードを設立。営業の現場を知る強みを生かし、Webとリアルビジネスの融合を目指した「営業戦略付きホームページ」を提供している。コラムニストとして精力的に活動し、「Web担当者Forum(インプレスビジネスメディア)」、「通販支援ブログ(スクロール360)」でも連載しているほか、漫画原作も手がける。著書に『Web2.0が殺すもの』『楽天市場がなくなる日』(ともに洋泉社)がある。

筆者ブログ「マスコミでは言えないこと<イザ!支社>」、ツイッターのアカウントは

@miyawakiatsushi