エコシステムと金魚鉢は同じモノ

4年前にJEITAが主催したシンポジウムにパネリストとして呼ばれた時、米国で使われ始めたという「エコシステム」について意見を求められました。「ブログなどの集合体が情報源となって個人にフィードバックされ、ブログのネタになる」という情報の循環構造を生態系と重ねての質問です。

「ありえない」と答えました。そもそも、ブログで話題となるネタはテレビから発せられるものが多く、ネットで自己完結していません。つまり、エアーポンプで酸素を供給する金魚鉢をエコシステムと呼ぶのと同じなのです。

エコシステムとは、個体や種族のそれぞれのエゴ(本能)が所属する世界の利益に叶った偶然の隙間に生まれる奇跡のような空間です。一方、人間が名付けるエコシステムとは、エアーポンプ付きの金魚鉢です。常に外部の力で生かされているのです。その代表例は霞ヶ関。天下り先の団体を作り、予算を注ぎ込むための法律を作るのは、彼らのエコシステムです。しかし、注ぎ込まれる予算という「税金」がなければ、1年と持たず干上がることでしょう。

野放しで生まれる秩序

古着を中心としたリサイクルショップを営むT社長はエコシステムを破壊しました。学生時代の仲間と創業した店舗は、エコロジーとデフレの流れに乗り急成長しました。もともと会社員的な生活が苦手なT社長はサークル的な雰囲気を大切にし、スタッフの自主性を重んじ、多店舗展開するようになってからも、各店の運営に口を出すことはありませんでした。もっとも、それでも事業は成長していたので、口出しする必要もなかったのです。

リサイクルショップは、新興住宅地では子供服が集まりやすく、また、アッパーなエリアではブランドものが集まるといったように、地域ごとに集まる商品に特徴があります。そこで、現場に裁量をゆだねることで機動的な「仕入れ」を実現できるのは、メーカーから一括に仕入れが可能なアパレル店との大きな違いといってよいでしょう。

T社長は業界紙の取材を受けて、こうした各店舗がそれぞれの考えで行動し、補完しあって全体の利益となる構造を「エコシステム」と自慢していました。

自然界の法則

そもそも、自然界に奉仕や譲り合いの精神などありません。種の保存と自己防衛のための「エゴ」があるだけです。自然界の生き物は無駄なことはせず、肉食獣でも必要以上の食糧を食べ過ぎることはない……のではなく、満腹時は外敵に襲われやすく、メタボになり走れないライオンがいたとすれば、いともたやすくハイエナにハンティングされることでしょう。つまり、生存戦略として食べ過ぎないだけのことにすぎません。

しかし、食物連鎖の頂点に立った人間だけはメタボを理由に狩られることがなくなりました。結果、人はメタボ(肥大化)すら目的化するようになります。発展途上国の美人の基準は「豊満」であり、霞ヶ関の肥大化も同じです。

自慢していた構造が「エコシステム0.2」だと気がついたのは、気まぐれに立ち寄ったA店でのことです。最古参のA店の店長が不在の店内ではB店のアルバイトが掃除し、C店のパートがレジを打っています。B店とC店のアルバイトは、A店から在庫を融通してもらった時の「お礼」に出張してきているというのです。

T社長はその足でB店に向かい店長にシフト(勤務表)を提出させると、正社員扱いの店長は4週8休のはずが、B店の店長は4週4休でシフト上はこの日も休みでした。しかし、アルバイトをA店に派遣したために出勤してきたというのです。

エゴは増幅する

エコシステム0.2のカラクリはこうです。携帯電話やインターネットが充実した時代、本部を介さない情報ネットワークを作るのは造作もありません。会員専用SNSで各店をつなぎ、最古参のA店の店長が食物連鎖の頂点に君臨していました。

店舗運営に一日の長がある店長は、在庫の融通やノウハウの提供ごとにアルバイトの労働力による代物返済を求めていたのです。融通したアルバイトの人件費は所属店で負担するのが暗黙の了解となっており、富めるものはより富み、貧しきものはより貧しくなり、新人のB店長は最下層に属し搾取され続ける構造です。

A店の店長はこう主張します。

「ノウハウを提供するのだからタダではおかしい」

アルバイトはノウハウの対価です。これは天下りを正当化する官僚の理屈と同じです。官僚が国家に尽くすのは仕事であり、労働力への対価は給料として支払われていますし、店長にも同じくキャリアに応じた賃金を支払っていました。にもかかわらず、退官後の天下り先を求め、他店のアルバイトの労働力を強要することは、労働賃金以上の待遇を求めるというエゴにすぎません。

メタボすら目的化するようになった人間は、自分や自分の所属する組織を際限なく肥大化させようとするエゴ(本能)を抑えることができないのです。そして、その先に待つのはエコシステムという名の「金魚鉢」の破綻です。

Web業界も「金魚鉢」です。身内だけで通じる楽屋ネタを既存メディアに売り込んで「トレンド」として啓蒙し、それをネタに書籍を書き下ろしセミナーで小銭を稼ぐWeb業界の「エコシステム」。ゆえに「ネットトレンド」はすぐに崩壊します。

エンタープライズ1.0への箴言


「金魚鉢のボスがエコシステムを作りたがる」

宮脇 睦 (みやわき あつし)

プログラマーを振り出しにさまざまな社会経験を積んだ後、有限会社アズモードを設立。営業の現場を知る強みを生かし、Webとリアルビジネスの融合を目指した「営業戦略付きホームページ」を提供している。コラムニストとして精力的に活動し、「Web担当者Forum(インプレスビジネスメディア)」、「通販支援ブログ(スクロール360)」でも連載しているほか、漫画原作も手がける。著書に『Web2.0が殺すもの』『楽天市場がなくなる日』(ともに洋泉社)がある。

筆者ブログ「マスコミでは言えないこと<イザ!支社>」、ツイッターのアカウントは

@miyawakiatsushi