ドラッカーの提言を受け入れなかったGM

アニメに映画と快進撃を続ける「もしドラ」こと、『もし高校野球の女子マネージャーがドラッカーの「マネジメント」を読んだら』で再脚光を浴びたドラッカーは「マネジメント」の開祖と言われております。彼が世界的に有名となったのは第2次世界大戦直後に出版された『企業とは何か』で、当時世界最強の自動車会社であった「GM」に請われて行った社内分析から導き出された結論をまとめたものです。

彼は同書でGMの「分権化」を評価しました。個々人の能力を最大限に引き出すチーム運営がドラッカーの言う「マネジメント」であり、反対に組織が巨大化すると個人は歯車に成り下がるというのが彼の理論の根底にあります。それを避けるには、「分権化」と社員のやる気を引き出す「モチベーション」が不可欠と説きます。

ドラッカーはGMにいくつかの提言をしますが、すべて否定されました。我が世の春を謳歌していたGM経営陣にとって、経営権の一部を労働者に差し出す「分権化」を実践する「モチベーション」がなかったのでしょう。そして、2009年にGMは破綻し、「旧GM」と「新GM」に分権化され、新GMは「再建」という「モチベーション」を得たのは皮肉な話です。

地域で異なる売れ筋ゲームソフト

T社長は「分権化」を指示しました。「もしドラ」を読んだわけではなく、店舗ごとの売上機会を増やすためです。テレビゲームやトレーディングカード、ガンプラなどいわゆる「おもちゃ」を扱っている同社は首都圏近郊に20の店舗を持っているのですが、ロードサイドと駅前店では売れ筋が異なり、ベッドタウンと商業地では客層が変わります。

最新作を450万本以上出荷した「モンスターハンター」のような人気ゲームソフトはどの店舗でも売れますが、「遊戯王」や「ペンギンの問題」など小学生をターゲットにした商品は、店舗周辺の小学校の有無が売れ行きを左右するのです。そしてA店では売り切れているのに、B店では余るという事態が発生します。

それまでは「本部」が一括に仕入れ、前年対比や同種商品の過去の販売実績から商品を割り振り、その後の在庫調整は売上データをもとに本部で行っていました。しかし、前日の売上データをもとに調整するやり方では1日から数日のタイムラグが発生し、売りたい時に商品がない「機会ロス」もたびたび生まれていました。

これを解消するために本部を介さない「店舗間」での在庫の融通を許可します。現場の裁量にゆだねると「分権化」したのです。

申し込むだけで移動完了のはずだったのに……

全店はPOSシステムで接続されているためリアルタイムに情報共有しており、他店の在庫をPCの画面から確認できます。移動申請はそのために導入したグループウェアで行います。商品の移動を申し込む画面から「必要事項」を入力すると、その旨が相手の店舗のPCに届き、出庫側の店舗がOKすれば、独自の物流網で収集し希望した店舗に届けられます。

つまり、姉妹店の在庫を自店と同様に扱えるということです。移動履歴は自動的に収集・集計されるので、本部への報告は不要です。ところが、渡された権限を現場では使われませんでした。

まず、入力しなければならない「必要事項」が多すぎたのです。移動申請した理由を入力します。購入希望者がいたのか、在庫がなくなったか、あるいは別の理由があったかを選択します。購入希望者がいた場合は、予約の有無や再来店の約束日時をチェックし、実際に購入されればその日付を、キャンセルならその理由を入力します。在庫切れの場合は、移動後の販売見込み時期の予想と実際のインプット欄が待っています。どれにも当てはまらない場合は、その詳細を文章での提出を求められます。

こうした作業を多くの社員は嫌ったのです。そして、このことがもう1つの理由に繋がります。好んで仕事を増やす社員はいないのです。

結局のところ、モチベーションとは何だ?

たくさんの必要事項を入力し、入出庫を管理し、店頭で販売しても仕事が増えるだけで給料が上がるわけではありません。同社には歩合給も表彰制度もないのです。同じく出庫側の店舗にいる同僚の仕事も増やしてしまうことを「悪いなぁ」と遠慮します。「移動」のためのモチベーションがなかったのです。つまり、在庫移動の権限だけ分権された社員には「作業」が増えたとしか感じなかった「マネジメント0.2」です。権限を渡しただけで、現場が使うわけではないのです。

入力項目を増やした理由も「0.2」を生み出します。利益に繋がらない移動申請が増えることで作業量が増大して人件費が膨れ上がることを避けるため、T社長はあえて「面倒」な仕様にしたのです。

要は、社員を信用していないのです。信頼されていない社員の「モチベーション」が上がることはありません。モチベーションを高めるのは金銭だけではないのです。「正しいモチベーション」を持たせることも「マネジメント」の要諦です。

冒頭紹介した「もしドラ」のモチベーションは「甲子園出場」。最近の高校野球では女子マネージャーがベンチに入れるようになりました。男子にとっては「甲子園」よりも「女子マネージャー」がモチベーションを上げるかもしれません。しかし、テレビ中継などで時折みかけるスカートが短すぎる女子高生に別のモチベーションを上げて試合に集中できないのではないかと心配にもなります。

エンタープライズ1.0への箴言


「部下を信用しなければマネジメントなどできない」

宮脇 睦 (みやわき あつし)

プログラマーを振り出しにさまざまな社会経験を積んだ後、有限会社アズモードを設立。営業の現場を知る強みを生かし、Webとリアルビジネスの融合を目指した「営業戦略付きホームページ」を提供している。コラムニストとして精力的に活動し、「Web担当者Forum(インプレスビジネスメディア)」、「通販支援ブログ(スクロール360)」でも連載しているほか、漫画原作も手がける。著書に『Web2.0が殺すもの』『楽天市場がなくなる日』(ともに洋泉社)がある。

筆者ブログ「マスコミでは言えないこと<イザ!支社>」、ツイッターのアカウントは

@miyawakiatsushi