日経新聞に見る"マナーの変革"

かつては、電車の中でメールやネットを自粛することは大人のマナーであり、東京の地下鉄「東京メトロ」では今での優先席付近で電源を切るように呼びかけていますが、優先席に座ってメールのやり取りをする人は今や珍しくありません。

2010年10月5日付に掲載された日経新聞「電子版」の見開き2面を使った広告は、並べた12台のスマートフォンそれぞれに電子版を推奨するメッセージを掲載するというものでしたが、その中にこんな一文がありました。

「メールとネットがつながりにくい地下鉄の中では、ボーッと過ごすしかなかった」

天下の大新聞が語るのですから、車内のマナーは上書きされたのでしょう。

形式的なマナーに絶対はありません。文化や風俗に加えて、時代と技術進歩によっても、マナーは変化していきます。例えば、季節の挨拶は本来、訪問することで敬意を表すものでしたが、手紙が加わり、電話で済ますことも増え、電子メールでもよいケースやミクシィの日記で代換えすることもあります。しかし、本質的なマナーは時代とともに変わるものではありません。周囲と相手への心遣いがマナーの本質です。

今さらじゃないAppleのデバイスの操作性の高さ

弁理士事務所代表のHさんはこの夏、iPhoneを購入するとすっかりはまってしまい、今ではiPadの入手も検討しています。職業柄、ネット検索や電子メールは利用していましたが、特に詳しいわけではありませんでした。Windows以前の「MS-DOS」で苦労した記憶から、PCを遠ざけていたのです。

ところが、iPhoneは違っていました。Hさんの携帯電話は「東京デジタルフォン」から「J-PHONE」、そして「Vodafone」へと請求書の差出人が変わり、現在のキャリアの名称は「SoftBank」です。めったに機種変更をしないHさんは、その時点での最新機種を選ぶことにしており、今夏はiPhoneとなったのです。

結果、iPhoneのタッチパネルの操作性にやられました。触る、なでる、弾く――直感的な操作性は未知のコンピュータ体験です。そして、24時間365日ともに過ごすパートナーとなります。以前は持ち歩いていたデジカメも不用となり、大好きなビートルズを聞くのもiPhoneです。

もっともMacユーザーからすれば、直感的とは使い古された表現で、20年以上前からMacの十八番です。世界制覇が目前に迫るMac(系のデバイス)に巣立っていく我が子を重ね、誇らしさと一抹の寂しさを覚えるMacファンは多いことでしょう。

打ち合わせでのiPhone利用が命取りに

Hさんは、打ち合わせの席でわからない単語が出てくるとiPhoneを取り出し「ネットで検索」をします。本旨には関係なく、うろ覚えでも間違えていてもまったく問題ない事柄でも、会話の流れを遮り検索を始めます。

また、気になるWebページがあれば、わざわざURLを入力してアクセスして寸評を始めます。視線をiPhoneに向けると、以降は客と目を合わせることなく会話を続けます。これは、同席している人の時間を奪い、礼を欠く「マナー0.2」です。ビジネスの打ち合わせで肝心なことは検索結果ではなく互いの合意であり、コミュニケーションなのですから。

しかし、いつものようにサイトの寸評を始めると、取引先は不思議そうな顔をするのです。それがHさんの評価を下げることになりました。理由は「Flash 」。Webページ上で動画などを管理するFlash という技術をiPhoneはサポートしていません。裏技を使えばiPhoneでもFlash を見ることはできますが、Hさんは買ったままのiPhoneで遊ぶことしかできず、Flashに対応していないiPhoneでFlashによって作られたWebページを見て評価を下したことは、マナー以前の「論外」です。

マナー崩壊はiPhoneが運んできた

準国営放送で「ツイッターとiPhone(スマートフォン)」を使い、「クチコミ」で募った地域の名所を紹介する番組がありました。番組では、ツイッターに明るいタレントが目の前に置かれたモニターを見ながら、次々と寄せられるツイートを紹介していきます。タレントの視線はモニターをロックオンしたままです。次に、VTRではそれぞれiPhone片手にした2人のMCが、街に出てそれぞれのiPhoneの小さな画面を見ながら会話を続けます。

「話をする時は相手の目を見て話す」

小学校で習ったはずのマナーが崩壊しつつあるようです。携帯は生活必需品という主張がマナーを上書きしていきます。

駅前を散歩していると、左手でiPhoneを操作し、右手にiPod miniを持ちながら器用に自転車を漕いでいる若い女性を見かけました。タッチパネル式のスマートフォンは片手の操作に不向きと言われていましたが、普及するにつれて自転車に乗りながらでもラクに操作できるようになったのでしょう。

自転車運転中の携帯電話の操作は、通話でもメールでも5万円以下の罰金刑となります。さらにこの達人女性のようなケースでは、裁判の場で「悪質性」が問われることもあると、警視庁より回答をいただきました。これはマナーではなくルール違反。いずれにせよ危険ですのでやめましょうね。

エンタープライズ1.0への箴言


「マナー違反はiPhone以前の話」

宮脇 睦 (みやわき あつし)

プログラマーを振り出しにさまざまな社会経験を積んだ後、有限会社アズモードを設立。営業の現場を知る強みを生かし、Webとリアルビジネスの融合を目指した「営業戦略付きホームページ」を提供している。コラムニストとして精力的に活動し、「Web担当者Forum(インプレスビジネスメディア)」、「通販支援ブログ(スクロール360)」でも連載しているほか、漫画原作も手がける。著書に『Web2.0が殺すもの』『楽天市場がなくなる日』(ともに洋泉社)がある。

筆者ブログ「マスコミでは言えないこと<イザ!支社>」、ツイッターのアカウントは

@miyawakiatsushi