相手の考えがわかる物語の結末はハッピーエンドか?

「相手の考えがわかる」というモチーフは物語を生み出します。アニメ『機動戦士ガンダム』の作中に登場する「ニュータイプ」は互いを理解し合える人類の進化形を意味し、同じく『新世紀エヴァンゲリオン』でも人類が一つに溶け合って我と彼を分ける境界線がなくなるシーンがありました。男女が入れ替わる大林宣彦監督の映画『転校生』にも通じるかもしれません。

しかし、現実世界において相手の考えていることがわかることで生まれる物語はハッピーエンドとは限りません。なぜなら、外交においては他国の事情を十分に理解した上で踏みにじり、自国の利益を優先するのが常識ですし、ダンナが通勤途中に目をやった女性の数を妻が知る必要はなく、妻が友人にこぼしているダンナの愚痴は知らぬが仏です。女性同士の会話は「男子」の想像を絶していますので。

21世紀に入り「相手の考え」がわかるようになりました。ブログ、SNS、そしてツイッターにより、友人の「今」を知ることができ、恋人の「本音」を垣間見ることができるようになりました。「総表現化社会」に突入し「個人の考え」が公開されるようになったからです。しかし、重ねて言います。「考えがわかる物語」の結末はハッピーだけではありません。

部下から距離を置かれた時に出会ったツイッター

縫製業を営むM社長は悩んでいました。外資系アパレルメーカーを退職し、父親の起こした会社に入社したのは家業を継ぐためです。10年間は下積みとして社員と共に過ごし、満を持しての社長就任でしたが、以来、部下の態度がよそよそしいのです。社長就任前の営業部長時代には感じなかった部下との距離感を覚えるようになりました。多くの中小企業において「査定」と「人事権」は社長が握っているもので、部下が一定の距離を取るのは仕方がないのですが、M社長はそれを寂しく思います。

そんなM社長がツイッターに出会ったのは社長が集う異業種交流会です。新し物好きのある社長がiPhoneを片手にその利便性を語ります。M社長はインターネットに明るく、ホームページを独学で制作し、今ではネット経由での受注が全体の半分を占めるほどに会社を成長させました。ツイッターを知ったその夜、自宅のPCからアカウントを取り、そのまま徹夜でタイムラインを追いかけました。

やっと見つけた「知り合い」は仕事の不満をこぼす部下

蓮舫、勝間和代、ホリエモン、孫正義。ツイッター界の著名人の「つぶやき」を楽しめるのは最初だけで、それを追いかけ続けるほど社長は暇ではありません。また、徹夜をしてみてわかったことは、ツイッターは著名人にとっては有利なツールでも、街角の社長のつぶやきを見る人は少ないという事実です。「セレブの追っかけ」という言葉に納得しました。そこで「知り合い」を探してみます。コミュニティツールとしてなら、"パンピー"(一般人)でも活用できるという見立てです。

社長仲間、同級生、近所。ツイッターのブレイク前夜には「実名性」が喧伝されていましたが、セレブ以外で実名を公開しているユーザーは稀で知り合いは見つかりません。第一、M社長自身が「偽名」のアカウントです。また、あまり報じられませんが、ツイッターの利用率は業界による偏りがあり、IT業界や出版業界以外ではそれほど盛り上がっていないのです。

最後に遊び心で検索した「部下の名前」がようやくヒットしました。「同姓同名か」とつぶやきを見ると、本人です。そこには仕事への不満がツイートされていました。

インターネットが公の場であることを忘れるな

部長時代の片腕だった社員がこぼす愚痴を見て、それを改善することにしました。「今日も残業なう」というツイートを見つけると、翌週には残業しなくてすむように作業を分散させ、「凹むわぁ」とあれば、飲み会を開き励まします。そしてツイッターをチェックし、タイムラインに「社長ないす」を見つけてニンマリします。社長就任以来、遠くなった距離がグッと縮まったように感じます。

以来、部下のツイートが気になり、すっかりツイッター中毒になったM社長は、ソフトバンクショップに駆け込みiPhoneを購入します。これで24時間、いつでもどこでも「監視」できます。外出先でのつぶやきはもちろん、ランチタイムの「担々麺なう」もチェックし、アフターファイブのオフ会から土日のレジャーまですべて監視を始めた「ツイッター0.2」です。社長業をそっちのけで部下のつぶやきを監視し、働きぶりからボーナスの「査定」に反映させようと計画中です。

ツイッター0.2はM社長だけではありません。この部下も「0.2」です。プライベートな取り組みであっても、インターネットと言う「公開の場」に投稿する以上は、関係者が見る可能性を視野に入れなければなりません。ハンドルネームやニックネームを使っていても、ツイッターやブログに書かれた内容と「リアル」での行動を組み合わせることができる関係者なら、個人を特定するのは容易です。

かつて、ネット掲示板の書き込みと彼女のアリバイを比較して浮気を発見したという人がいました。態度がおかしくなったので、ネットで検索したところ「証拠」を見つけたのでした。浮気相手との「アバンチュール」を書き込む彼女もどうかと思いますが、それをネットで調べる彼氏の姿にも「イヤな時代になったものだ」とつぶやいたことを思い出します。

エンタープライズ1.0への箴言


「公開されたつぶやきは私信じゃない」

宮脇 睦 (みやわき あつし)

プログラマーを振り出しにさまざまな社会経験を積んだ後、有限会社アズモードを設立。営業の現場を知る強みを生かし、Webとリアルビジネスの融合を目指した「営業戦略付きホームページ」を提供している。コラムニストとして精力的に活動し、「Web担当者Forum(インプレスビジネスメディア)」、「通販支援ブログ(スクロール360)」でも連載しているほか、漫画原作も手がける。著書に『Web2.0が殺すもの』『楽天市場がなくなる日』(ともに洋泉社)がある。

筆者ブログ「マスコミでは言えないこと<イザ!支社>」、ツイッターのアカウントは

@miyawakiatsushi