社長は「働く」でいいのか?

ブログ「アメブロ」を運営するサイバーエージェントの藤田社長はインタビューでこう答えていました。

「社員が自分のブログを見ている」

これにより、経営意思やビジョンを社員が共有してくれていると続けます。藤田社長の「渋谷で働く社長のブログ(現在は"渋谷で働く社長のアメブロ")」は書籍化されベストセラーとなりました。また、同時期に彼の友人であるライブドア創業者の堀江貴文氏の「社長日記」と相まって、「社長ブログ」ブームが巻き起こりました。原宿、日本橋、神田……各地で働く社長が公開する「社長ブログ」は今も増え続けています。

しかし気になることが1点。「プライベート」の公開です。散歩で歩く公園、馴染みの居酒屋、フィットネスジムなどなど。オフショットを公開するのは読者の興味を集める1のテクニックですが、自分の立ち寄り先を披瀝することは危機管理という視点に立てば危険きわまりない行為で、経営者としてはいかがなものかと首をひねります。また些末なところですが、社長なら「働く」ではなく「経営」や「運営」ではないかとも。

支店社員の本社に対する不満

藤田社長の言うように、ブログは多くの人に伝えられるという利点があります。同じビルにいても部署やフロアが異なれば、顔を合わせることもなく、支店支部と広がれば伝達は容易ではありません。物流業のM社は東日本全域に支店があり、東京近郊に絞っても数ヵ所の物流拠点があります。同社のM社長は創業者の次男で、20代の最後の年に父親の逝去を受けて経営を引き継ぎ、今年で3年目。

「本社ばっかり」

北関東のある支店に勤務する若手社員の発したこの言葉が脳裏にこびりつきはがれませんでした。社員交流会の席上で、酔った若手社員はM社長を見つけ、支店を軽んじていると切り出し、ボーリング大会や釣り旅行などの「楽しいこと」は本社でしか行われないと愚痴をこぼします。

支店の自主性は可能な限り尊重しますが、業務の性質上、本社主導となることが多くなるのは仕方がなく、彼の酔いが覚めてから支店長に説明を尽くすように指示を出します。また、レクリエーションは社員の自主的な集まりが噂として広まっただけで、本社が関与しているものではありませんし、禁止するのはおかしな話です。しかし、気持ちはわからないでもありません。そんな時に「社長仲間」から社長ブログの話を耳にしました。

書く、伝える、そして伝わる……か?

社長の日常、本社の今を「ブログ」で書くことにより、全社員に伝えることにしました。効果は早速現れました。「ブログ見てますよ」――東北支店の視察で社員が声をかけてきます。ゴルフコンペに出場して好成績だった話、北陸への旅行で酔っぱらった専務のエピソード、度々テレビで取り上げられるレストランでの食事など、書いたM社長も忘れているような記事が次から次へと出てきます。

また、トップセールスに行った取引先もブログを見ており、話題が尽きることはありません。業界の会合に出席すると、年輩経営者達は「ブログ」と「若さ」を重ねて賞賛を惜しみません。まるで大成功です。それでは先ほどの若手社員はどう思ったでしょうか?

「やっぱり遊んでいる」

ブログを読んだ若手社員の結論は、社員に仕事を押し付けて遊びほうけている社長。M社長は勤勉で遊びより仕事を優先します。ゴルフコンペは関連業界の経営者が集う「トップセールスの場」です。北陸への旅行は幹部社員を集めた経営合宿で、週末を潰して朝から夜まで営業戦略を論じており、酒席はおまけにすぎず、レストランでの食事はもちろん「接待」です。

"営業部は銀座へ"という伝説

"堅苦しい仕事の話をしても社員はつまらないだろう"というサービス精神から、M社長は「遊び」の要素を含めた記事を投稿したのですが、それが裏目に出ました。北関東のみならず、東日本全域に「社長は遊んでいる」と情報が、ブログによって一斉伝播された「社長ブログ0.2」というわけです。つまり、社長ブログには細心の注意が必要なのです。

書けば伝わるというのは書き手の傲慢であって、読者は自由に解釈し、小学生でもわかるようにかみ砕いたつもりの説明も曲解する読者を撲滅することは不可能です。また、社員という読者は色眼鏡で見るということにも、社長ブログの執筆者は気を付けなければなりません。

M社長は創業者の息子でお坊ちゃんという色眼鏡が「遊び」 という誤解を強めたのです。私は会社員時代、営業部に所属していま した。忘年会で業務部門の主任が酔って、私にクダを巻きます。

「いいよな営業部は。毎晩銀座に行ってるんだろ」――彼は「営業部=接待=銀座」という色眼鏡をかけていました。ファミリーレストランの日替わりランチの接待でも稟議書を提出しなければならないケチ臭さ……もとい、コスト管理が厳しかった営業部にとっての「銀座」はアンドロメダ星雲より遠い存在だったのですが、そのことを階下の業務部の主任は知らなかったのです。つまり、こうした色眼鏡は社内ブログでも起こるので注意が必要です。

社長ブログを否定するわけではありません。公開される記事という意識が必要ということです。ちなみに、冒頭で紹介した藤田社長のブログで行き先が特定できないように「処理」されていたのは流石。その中で過去三ヵ月に登場した店舗名は「マクドナルド」と「銀座久兵衛」のみであり、社長ブログという観点からこのバランスにも唸ります。

エンタープライズ1.0への箴言


「ブログは公開情報。私的な呟きではない」

宮脇 睦(みやわき あつし) プログラマーを振り出しにさまざまな社会経験を積んだ後、有限会社アズモードを設立。営業の現場を知る強みを生かし、Webとリアルビジネスの融合を目指した「営業戦略付きホームページ」を提供している。コラムニストとして精力的に活動し、「Web担当者Forum(インプレスビジネスメディア)」、「通販支援ブログ(スクロール360)」でも連載しているほか、漫画原作も手がける。著書に『Web2.0が殺すもの』『楽天市場がなくなる日』(ともに洋泉社)がある。