プレゼンに多いグラフ

近年、プレゼンで配られる資料の大半が「パワーポイント(略称:パワポ)」で作られています。パワポとは資料を「紙芝居」のように連続してみせることができるアプリケーションで、パソコンをプロジェクタに接続すれば、画面をそのまま投影することもできます。内容の修正、変更が容易であることはワープロ同様のデジタルデータの利点で、仕上げで見つけた誤字のために最初から書き直した模造紙のプレゼンシートや、OHPシートを上下逆さまに映しだした失敗とは無縁です。

手書きからデジタルへ。この流れを止めることはできないかも知れません。パワポでよく見る「グラフ」も、デジタルの恩恵によります。

覚えているでしょうか? かつては手書きで折れ線グラフを描いていたことを。時系列に点を打ち、点と点に定規をあて線でつなぐ根気のいる作業です。また、「グラフ」を外注することもありました。手間や費用をかけても「グラフ」が求められたのは、変化をヴィジュアルで捉えることができたからです。その「グラフ」が、パワポでは簡単な操作で作成できます。これもデジタルのなせる技です。

しかし、グラフは万能ではありません。そして、「デジタル」が魅せる幻想は0.2への入口です。

完全武装のオフィス

中古テレビゲーム販売業を営むH社長のデスクにはモニターが2台並び、隣接する専務のデスクにも同じく2台のモニターがあります。使用済みのプレステ3やニンテンドーDSのソフトを買い取り、中古ソフトとして販売する商売では、可能な限り安く買い取り、可能な限り高く売るのが儲けの秘訣で、2台×2人のモニターには販売実績と、価格の推移がグラフで表示されています。

H社長の指示で、専務がパソコンを操作します。モニターを指さし期間を指定し、商品ごとの現在の価格と昨年の価格データを折れ線グラフにして表示し、それを見ながら価格変更を指示していきます。

テレビゲームは新作だけで毎年1000タイトル以上が発売され、その大半が中古市場に出回り、在庫総計1万タイトルを越えます。毎日すべての販売価格と買い取り価格をグラフでチェックし、それぞれの上げ下げを10円単位で指示します。H社長は言います。

「客は価格に敏感」

細かな価格の上げ下げにより、客のニーズに応えるということです。それを支えるのが「グラフ」で、価格変化を直感で捉えることができ、売り時、買い時を逃さないと豪語します。

IT化された茶摘み畑

専属のプログラマに独自開発させた特注のプログラムは、H社長の要求を完全に満たしています。前日、前週、前年同月比をデータベースから抽出し、クリックひとつで数種類のグラフを瞬時に描画し、4台の大型ディスプレイをグラフが埋め尽くします。プログラムが快適に走る環境にも抜かりありません。パソコンはカスタムメイドで動画の編集も可能なハイスペック仕様、ディスプレイは高精細の大画面、マウスはトラックボールタイプの高級品で、ネットブックが買える価格の人間工学に基づいたキーボードを使用し、カラーパソコンが「16色」だった時代には再現不可能な、総天然色のグラフの陰影に照らされたH社長の横顔は満足げです。

H社長の職場環境はハイスペックに重武装され、欲しい情報を瞬時に映像化(グラフに)することができます。指先ひとつで操作する価格が、不可能という単語を忘れさせてくれ全能感を満たします。一方、売り場の店頭表示価格の差し替えは人力で、毎日が収穫期の手摘みの「茶畑」のようです。

価格変動に潜むアナクロニズム

価格変更について同業者に訊ねてみるとこんな答えが返ってきました。

「価格が動くのは新作発売前後と週末」

新作ゲームの発売日や週末は売買が活発になり価格が激しく動きますが、平日の変動は誤差の範囲ということです。また、テレビゲームの中古価格は、経年で商品価値が減少し、さらに大作やヒット作の登場といったイベントによっても左右されるので、商品ごとに昨年対比で毎日チェックすることに意味はないと続けます。

H社長は「グラフ」から価格変更を指示します。そして、変更した価格を反映したグラフを再描画しニンマリとします。彼は折れ線グラフの「フラット(平坦)」を嫌い、上げ下げにより変化したグラフを「企業努力」と呼びます。自分で操作した数字でグラフを作って悦に浸るグラフ0.2です。グラフを作るのが手間だった「手書き」時代には考えられないことで、つまりはデジタルが生み出した「0.2」。

H社長は「茶摘み」についてこう胸を張ります。

「価格を変えていると客に思わせることにも意味がある」

つまり、こまめに変動しているというアピールの意味もあるといいます。前述の同業者に「茶摘み」を伝えると、

「毎日とは・・・ご苦労さんです(ニヤリ)」

と答え、価格変更を客にアピールする意義について次のように述べました。

「毎日、足繁く通い、細かな価格の変化に気づく客は"一番安いとき"にしか買わない」

ニタニタがとまりません。グラフは数字の表現方法の一種に過ぎず、デジタルは情報処理のひとつのアプローチで・・・これはパワポを使ったからといってプレゼンが成功するわけではないことと同根です。

エンタープライズ1.0への箴言


「グラフは分かった気にさせるが、真実は別の次元にある」