未曾有の危機を越えた

本稿執筆時、来年度の概算要求が史上最高の95兆円となったと報じられました。仙谷由人行政刷新相がそれを「3兆円削る」といい、鳩山首相は「もっと削れ」と指示をだします。ところが、亀井静香郵政金融相は100兆円だとぶち挙げます。

ちなみに、昨年88兆円という「過去最高」の予算案を発表したのは自民党の麻生政権です。リーマンショックによる「未曾有の危機」への対応からの過去最高でしたが、それをあっさりと更新するところを見ると、「未曾有」を越える危機が我が国に訪れているようです。

前政権の予算を無駄遣いと批判していた現政府にとっては頭の痛い問題です。「未曾有越え」の数字が踊る理由を、読売新聞は財務省関係者の話として「マニフェスト関連と自然増以外の水増しがある」と報じています。概算要求は「見積もり」のようなものですから、最終的に削除される可能性もあり、あらかじめ「削減されてもよい事業」を水増ししたという見立てです。運良く通過すればラッキーですし、水増し分を削られても損はしません。政権交代だけでは官僚の意識は変わらないといったところでしょうか。

そして、同様の水増しは民間企業でもおこります。特にIT導入時に。

IT社長の憂鬱

広告代理店のI社長も同じ問題を抱えていました。不況になると真っ先に削られるのが「広告宣伝費」で、広告代理店はどこも青色吐息です。ネット広告の拡大が報じられていますが、あれは一部の「勝ち組」の話に過ぎません。営業部に発破をかけても、かえってくるのは冴えない話ばかりです。

また、ノルマ達成のために連日残業していることは、営業日報からも明らかで、労働時間で売り上げをカバーすることは限界に見えました。

そこで発想を転換します。売り上げ増加を望めない状況であると認め、IT機器導入による効率化で販管費を削減し、利益を確保することにしたのです。

幸いにも内部留保があり、IT業界も不況だったことから「破格」な条件で発注することができました。手書きだった帳票類をすべて電子処理することで事務作業を大幅に削減します。広告の出稿量が減少していることが、新システム導入時の現場の混乱を最小限に抑えることに貢献したのは皮肉な話です。

営業日報もグループウェアを導入して電子化します。その他にも積極的にITツールの活用を社内に呼びかけ、労働時間を圧縮による販管費削減を目指したのです。

ところが残業が減る気配はなく、営業部の前には夜食で注文したそば屋のどんぶりが積まれます。そのどんぶりの山はまるで「概算要求」です。

営業マンの告白

人は必ずしも合理的な選択をするワケではありません。仕事の効率化が自分の幸せと考えない社員もいます。IT化後も残業を続けた営業マンは告白します。

「仕事を奪われる」

効率化が実現し、経費を削減した次に待っているのは営業マンの首切り=リストラではないかというのです。そこで仕事を水増し、残業していました。また、別の営業マンは「ノルマを増やされる」と、やはりIT化を怖れます。不況下に予算達成(営業目標に到達すること)も覚束ないなか、仕事量が減ればより過酷な営業活動を求められるのではないかという恐怖です。

さらに、ITが苦手なベテラン社員は「ITの仕事が増えただけ」と愚痴をこぼします。

効率化のために導入したIT機器も、それを使う人間がサボタージュすれば能力を発揮できません。

ひと駅前から歩く

仕事が奪われるといった営業マンは外出先から、会社の最寄り駅のひと駅前で降りて歩くのは、健康増進と仕事量の水増しが狙いです。ノルマの増加を怖れた彼は、新システムを活用して、必要のない書類をプリントアウトしては、それを熱心に見るフリで時間を潰していました。

ベテラン営業マンは、IT化する前以上に「客先周り」に精を出します。取引先で交わされる会話は野球にゴルフ、パチンコで、世間では「雑談」と呼ばれるものです。

そして夜、帰社します。彼らは「仕事をしている」というアピールのために会社に 居残り、居残るために仕事を水増ししていた水増し0.2です。IT機器を導入しても仕事を水増しされては意味がありません。

官僚の予算にも通じます。彼らは予算をとることで仕事を創り出します。いわゆる「天下り先」も含めて、予算=仕事なのです。自分の首を絞める仕事を喜ぶ人はいません。そして水増しは発見が困難です。ひと駅前で降りて歩くといっても、都心でひと駅は10分前後で大きな時間ではなく、ビジネストークと雑談の線引きは曖昧です。

同様に、必要な予算に関連づけられた水増しを見つけ出すのは困難です。またこんな方法もあります。政治家の「無駄の削減」の指示に対して、そもそも無駄の基準とは何かという禅問答を持ち出せば、議論の時間の水増しに成功します。

官僚のことは民主党に任せるとして、仕事の水増しを防止する特効薬は「定時退社の奨励」です。仕事が終われば定時で帰れるインセンティブが必然的に効率化を推進します。しかし、I社長のように営業日報の「残業時間」で忙しさを測っているようでは、どんなIT機器を導入しても実現困難。どっちもどっちなのでした。

エンタープライズ1.0への箴言


「IT化を本気で喜ぶ社員は意外と少ない」